葛城の道の高鴨神社

葛城古道に鎮座する高鴨神社に参拝して来ました。

県道30号線御所香芝線を高鴨神社目指して南へ向かいます。屋敷山公園(屋敷山古墳)の前を通り、櫛羅、名柄の交差点を過ぎてさらに南へと進みます。吐田極楽寺へのアクセス道を右手に見ながらしばらく行くと、行く手にY字路が見えて参ります。そこを左手に下って行くと、数分で高鴨神社に辿り着きました。

高鴨神社の鳥居

高鴨神社の御神木と鳥居。

この石段を上って行くと、拝殿と本殿が控えています。

高鴨神社は鴨族発祥の地に鎮座しています。全国の賀茂社の総本宮とされる由緒正しいお社です。京都の上賀茂神社や下鴨神社なども「カモ」と名の付く神社ですが、高鴨神社は全国各地の賀茂社の総社に当たる神社として知られます。

スポンサードリンク

神の語源は賀茂(カモ)なのか

高鴨神社の名前にもある「カモ」には不思議な霊力が宿ります。

そもそも「カモ」には様々な表記が見られます。上賀茂神社などの「賀茂」、高鴨神社や鴨川、下鴨神社などの「鴨」、そして町名の「加茂」等々、その漢字表記は多岐に渡ります。

「カモ」という音の響きは、私たちが日常的に行う「噛む(かむ)」という動作にもつながっています。

噛むという言葉のルーツは醸む(かむ)に通じているのです。醸むとは?

醸む(かむ)は醸すの古語とされ、発酵させて酒を造ることを意味しています。昔は、世界中で ”口噛み酒” が造られていたと言います。穀物をよく噛んで唾液と混ぜ合わせ、それを吐き出します。そうすると、唾液によってでんぷんがブドウ糖になり、やがて発酵が進んでアルコールが出来上がるのです。日本においても口噛み酒は造られており、神に仕える巫女がその役目を担っていたと云います。

高鴨神社の案内プレート

高鴨神社の案内プレート。

宮池(放生池)の向こうに浮舞台が見えています。

高鴨神社の御祭神は阿遅志貴高日子根命(あぢしきたかひこねのみこと)。大国主命の子に当たる神様です。

高鴨神社拝殿

石段を上った所にある拝殿。

神さびた雰囲気を醸します。醸すという言葉はなぜ酉偏(とりへん)なのか、かねてからの疑問が解けたような気が致します。酉偏の漢字には「酔」「酌」「酎」「酢」「酩酊」等々、酒に関する文字が並びます。「醸す」の元の意味は、噛んで造ることに由来していたのです。

葛城の道歴史文化館

葛城の道歴史文化館

「鴨神そば」と書かれていますね。建物の手前が食事処になっていて、その奥にハイカーのための観光ガイドスペースが用意されていました。手前には約10台分の駐車場があり、高鴨神社の駐車場と兼用になっているようでした。

高鴨神社鳥居

高鴨神社の朱色の鳥居。

神は上の方に居るから「上(かみ)」に由来しているとも聞いたことがあります。

神の語源に関しては諸説あってどれが本当なのか定かではありませんが、色々思いを巡らしてみるのも面白そうです。アイヌ語のカムイなどもその関連性がうかがえます。カムイは「神居(かむい)」なんだろうか?などと勝手な想像を膨らませます。

醸造過程で起こる化学反応に昔の人は神を見たのでしょうか。

稲作文化で発展してきた我が国日本を顧みても、お米がいかに重要なものであったか想像に難くありません。私たちの歯を見てみても分かりますが、肉を噛み切る犬歯の数はごくわずかで、磨り潰すのに適した臼歯が発達しているのです。お米をよく噛んで食べる。この当たり前のことが、私たち日本人を育んできたと言っても過言ではありません。

米を噛んで動く所が「こめかみ」なのです。

伏見・西佐味の道標

鳥居横に立つ道標。

伏見と西佐味(にしさび)を示しています。

伏見方面へ歩を進めれば、山門の仁王像で知られる伏見山菩提寺があります。

高鴨神社の鐘楼

反対側には鐘楼がありました。

神社に鐘というのも珍しいですね。

建築用語に「鴨居(かもい)」なんていう言葉もありますよね。衾や障子を設えるために渡された、天井下の横木を鴨居と言います。鴨居は敷居に対して上に位置しているから「カモイ」なのかもしれません。

かの古事記には、「神君(かみのきみ)は鴨君(かものきみ)の祖(おや)」とあります。

三輪山などを形容する際に使われる神奈備は「神ノ森」の意味であり、「カモ」は「神(カミ)」と同意の古代語であったのではないかと思われます。酒の神様でもある大神神社は日本最古の神社とされます。同じように、御所市鴨神に鎮座する高鴨神社も日本最古の神社の一つと言われています。

高鴨神社は御所の鴨都波神社とも深い関係があるようです。

弥生時代中期、鴨族の一部はこの場所から大和平野の西南端に当たる今の御所市に移ったと云います。

葛城川の岸辺に鴨都波神社を祀り、水稲生活を始めた鴨族が居たのです。また東持田の地に移った一派も、同じように葛木御歳(かつらぎみとし)神社を中心に水稲耕作に入りました。巨勢の道沿いに鎮座する葛木御歳神社はお年玉の起源となった神様を祀るお社として知られます。

以上のような経緯から、鴨一族の神社として高鴨神社を上鴨社、葛木御歳神社を中鴨社、鴨都波神社を下鴨社と呼び慣わしています。

高鴨神社の周辺地図

今回私は車でアクセス致しました。

県道30号線から葛城の道を緩やかに下って行き、山深い場所にある高鴨神社に辿り着きました。

所々で細い道を通りましたが、迷うこともなく賀茂の神様の懐の中へと入って行きます。

葛城の道ナビゲーションシステム

神社の近くに葛城の道ナビゲーションシステムがありました。

高鴨神社からの距離がそれぞれに案内されています。峯山百体観音へは1.8㎞、高天彦神社へは2.7㎞のようです。百体の石仏が道沿いに祀られる峯山百体観音ですが、次回この辺りを訪れた時にでも立ち寄ってみようと思います。

高鴨神社周辺地図

高鴨神社の周辺には、天然温泉かもきみの湯、船宿寺、峯山百体観音、小野郷八幡神社、伏見山菩提寺などが案内されています。

地図をチェックしてみて、意外と船宿寺に近いことに驚きます。

数年前に参拝した船宿寺は牡丹の花が綺麗に咲いていました。風の森バス停から高鴨神社までの所要時間は約20分です。地図と照らし合わせてみれば、船宿寺も十分に徒歩圏内であることが分かります。

国道24号線沿いに示されているのは、風の森、東佐味のバス停だと思われます。

運賃500円の臨時バス

高鴨神社は小学校の通学バスの停留所にもなっているようですね。

秋の行楽シーズンには、御所葛城の道臨時バスが運行予定です。運賃は一日フリーパス500円に設定されています。何度でも乗り降り自由とのことで、これは利便性が高いですね。

高鴨神社境内

朱色の鳥居をくぐって境内へと足を踏み入れます。

石段下に手水舎、宮池、お守り授与所などがあります。

高鴨神社の祓戸神社

鳥居を入ってすぐ左手にある祓戸神社。

心身を清め、穢れを祓うためにここで手を合わせます。

高鴨神社手水舎

石段を下りて左手にある手水舎。

龍の口から聖水が注がれます。背後には池にせり出した舞台が見えます。

高鴨神社の舞台

浮舞台とも言われる、高鴨神社ならではの奉納舞台です。

風情を感じさせますね。

賀茂の地に風流が醸される舞台、実に素敵です。

高鴨神社放生池の鯉

舞台脇には色とりどりの鯉が泳いでいました。

立身出世のイメージがある鯉は縁起物です。格式高い高鴨神社境内にもよく映えますね。

高鴨神社境内の宮池と、浮舞台で奉納される雅楽と舞は奈良県景観資産にも登録されています。その美しい水辺景観は、日本神事の原点を見るようでもあります。

仲秋の名月には雅楽などによる観月演奏会が催され、境内にはより一層雅な雰囲気が醸されます。

GW期間に見頃を迎える日本さくら草の名所

高鴨神社は日本さくら草の名所としても知られます。

拝観受付(お守り授与所)の脇に、木で組まれた展示棚があったのでご神職の方に伺ってみました。そうすると、この展示スペースが日本サクラソウのためのものであることが分かりました。

高鴨神社の日本さくら草

日本さくら草の展示棚。

残念ながら今は空っぽですが、4月末からのゴールデンウイーク期間中には満開の日本サクラ草を楽しむことができるそうです。日本桜草(にほんさくらそう)は絶滅危惧種に指定される大変貴重な植物です。さいたま市田島ヶ原の自生地などでは国の特別天然記念物にも指定されるほどです。日本さくら草には初声、天晴、上絞等々、実に多彩な品種があります。

高鴨神社の日本さくら草

日本さくら草の案内板がありました。

日本さくらそうは、江戸時代・寛文年間から栽培が始められ、元禄・享保・文化文政を経て、文化の発達に伴って益々その数を増すに至った。
純日本産の古典園芸植物です。その清楚、可憐、優雅な風姿はわれわれ日本人の国民性にピッタリの草花と云えましょう。
「わが国は草も桜を咲きにけり」という一茶の名句にもある通り、この花にとってまことにふさわしい名称です。
関東の浮間ヶ原や戸田ヶ原のほとりに数多く自生していたものを、江戸の文人墨客は盛んに出かけ、また荒川のほとり、鷹を追う江戸武士などが野外散策の折、家づとに持ち帰り鉢植として観賞され、将軍に献じることによってその名を高めたと言い伝えられております。
好事家の間で次々と品種改良がなされ、幾多の盛衰を重ね、この江戸文化の粋を誇る ”日本さくらそう” が今なお愛培され、その関心がますます昂まってまいりました。
当高鴨神社には、現存している殆どの品種約五百余種(二千数百株)が保存栽培され、高鴨神社のさくら草は昭和三十五年に宮司が京都の自邸より持ち運んで今日に至っています。ちなみに、このさくら草は明治末期より父子二代に亘って蒐集愛培してきたものです。

将軍様にも献じられた花だったのですね。

500種を超える品種があるとは、歴史の中でいかに愛されてきた花であるかがうかがえます。

日本さくら草の手前には花菖蒲の鉢もありました。6月が見頃の花ショウブですから、こちらも既に咲き終わった後でした。

高鴨神社参道

細長い参道が二の鳥居方向へと伸びています。

参道の左手は豊かな水を湛える宮池です。

主祭神の阿治須岐高日子根命(あじすきたかひこねのみこと)は、その別名を迦毛之大御神(かものおおみかみ)とも言います。「大御神(おおみかみ)」と付くだけで、その神格の高さがうかがえます。「大御神」と名の付く神様は、天照大御神と迦毛之大御神だけだとも言われます。

高鴨神社のお守りと結婚式案内

参道の右手に参拝受付(お守り授与所)があります。

色とりどりのお守りが置かれていたので、ちょっと覗いてみることに致しました。

高鴨神社のお守り

西陣丹後縮緬で作られたお守り「王朝雅」。

高鴨神社の御神紋である菊水がデザインされていますね。

初穂料は700円です。高級な材料で作られているお守りだけに、そのお値段も少し張るようです(笑)

高鴨神社の交通安全守

やたがらすがデザインされた交通安全の御守。

高鴨神社はヤタガラスにゆかりのある神社です。神武天皇を熊野から大和へ道案内したとされるヤタガラス伝説は日本書紀にも記されています。神武・綏靖・安寧の三帝は鴨族の主長の娘を后とし、葛城山麓に葛城王朝の基礎を作りました。大和朝廷よりも前の時代に栄えた葛城王朝。鴨族との関係は深かったようです。

高鴨神社の鴨みくじ

こちらは鴨みくじですね。

結ばれたおみくじが、ちょうど水鳥の鴨の形になっています。

高鴨神社の絵馬

蛇の干支絵馬ですね。

龍の絵馬には「迦毛之大御神」の文字が見られます。

高鴨神社の縁結び絵馬

こちらは縁結び絵馬ですね。

高鴨神社では、現在も年間5組ほどの結婚式が執り行われているようです。

市街地から離れた場所ということもあるのでしょうか、その格式の高さからは意外に低い数字です。高鴨神社から派生していった京都の上賀茂神社や下鴨神社は人気の結婚式場となっています。その大元締めである高鴨神社にしては寂しい限りではありますが、見方を変えればそれだけ貴重なブライダルシーンが実現できるものと思われます。

高鴨神社の放生池

拝殿前の斎庭から宮池を見下ろします。

過去を遡れば、いつの頃からこの池は水を湛えているのでしょうか。悠久の歴史を感じさせる深い色合いにしばし我を忘れます。

高鴨神社御神紋(菊水)

拝殿前に高鴨神社の紋・菊水が掲げられていました。

9枚の花弁の下に流れる水の紋が描かれています。下半分が隠れている菊花ですが、やはりこの菊の紋も十六菊花紋なのでしょうか。天皇と関係が深い鴨族だけに、おそらく天皇を象徴する十六菊花紋が施されているものと思われます。

高鴨神社斎庭

拝殿前の斎庭に12個の石に囲まれた小さなサークルを発見致しました。

これは一体何でしょうか?

修祓のための清めの空間なのでしょうか。十二という数字にも、何かが示唆されているような気が致します。

高鴨神社石灯籠

拝殿の左横、本殿前に面白い石灯籠が建っています。

燈籠の下敷きになって堪える邪鬼?仏教寺院などではおなじみの邪鬼ですが、神社の境内で見ることはあまりありません。

高鴨神社石灯籠

踏ん張っていますね(笑)

首を横にして、歯を食いしばって支えています。

四つん這いと言うよりは、膝も折れ曲がりもう一杯いっぱいといった感じです。目をむいている様子がよく分かります。思わず、頑張れ~!と声を掛けたくなります。

高鴨神社石灯籠

角度を変えて。

こちらはあまり迫力が感じられませんね。

よほど力が入っているのでしょう、右手の拳を握りしめています。

高鴨神社の境内社

高鴨神社には数多くの摂社、末社が存在しています。

拝殿の左手に手摺りの付いた石段があって、そこを下りて多紀理毘売命を祀る摂社・西神社を目指します。

高鴨神社石段

拝殿横の石段を下りた所。

今居た拝殿の方を見上げます。手摺りが波打っているのが見えますね。確かにこの方が、一直線の手摺りよりも安全への配慮がうかがえます。バリアフリーが推奨され、日常生活を営むあちらこちらの施設でユニバーサルデザインが見られるようになりましたが、昔ながらの雰囲気に満ちた神社境内では賛否両論もあることでしょう。大神神社では一部車椅子用のエレベーターも設置されましたが、違和感が無いと言えば嘘になります。

しかしながら、最低限のバリアフリー化は必要です。景観を壊さない程度に、老若男女全ての人が祈りを捧げられる場所であってほしいと願います。

高鴨神社の稲荷社

宇賀御魂命を祀る稲荷神社の鳥居。

八幡社、一言主社、猿田彦社、聖社などが木々に囲まれた参道沿いに祀られており、さらに進んで行くと朱色の鳥居が目印のお稲荷さんがありました。ここのお稲荷さんだけは、右手の石段を少し上がった所に祀られていました。伏見稲荷の千本鳥居を思わせる鳥居のラッシュです。

高鴨神社摂末社

こんな感じで八社の祠が並んでいます。

間隔を置いてそれぞれに独立したお社。その御前で手を合わせます。

高鴨神社摂社

こちらが一番奥に鎮座する、一間社春日造檜皮葺の摂社・西神社です。

深い杜に包まれ、高鴨神社の奥の院といった趣です。

ここから先へは進むことが出来ず、今来た道を引き返します。

高鴨神社休憩所

拝殿下の石段を横切り、今度は東の方へ向かいます。

何やら休憩所のような建物が見えて参りました。

拝殿東側には、天兒屋根命・天照大御神・住吉三前大神を祀る摂社・東神社が鎮座しています。残念ながら私が訪れた時は工事中でした。建物にシートが被せられ、その様子を伺うことが出来ませんでした。

高鴨神社の摂末社

東神社の向かって右側に小さな祠が並んでいました。

東神社の左側にも同じように並んでいるらしいのですが、これらは全て高鴨神社の末社に当たります。

神話の里を歩く葛城の道はハイキングコースとして人気があります。葛城一言主神社なども巡りながら、鴨族のルーツとして知られる高鴨神社まで足を伸ばしてみられてはいかがでしょうか。

<高鴨神社の参拝案内>

  • 住所  :奈良県御所市鴨神1110
  • 拝観料 :無料(境内自由)
  • 駐車場 :10台無料
  • アクセス:近鉄御所駅から奈良交通バス五条バスセンター行き17分、風の森下車徒歩20分。南阪奈道路葛木ICから約11㎞

<同一タグ記事>