鎮宅霊符神社@奈良市陰陽町

奈良町界隈を散策していると、鎮宅霊符(ちんたくれいふ)神社という珍しい名前のお社を見つけました。

世界遺産の元興寺や身代わり猿など、人気観光エリアとして知られる奈良町ですが、陰陽師の神様を祀る神社があったとは今まで知る由もありませんでした。アートの祭典「古都祝奈良」をきっかけに、新たな知見を得る一日となりました。

鎮宅霊符神社

鎮宅霊符神社。

こぢんまりとした境内に、独特の緊張感が満ちています。

観光客の多い奈良町ではありますが、鎮宅霊符神社の鎮まる陰陽町界隈は比較的静かな場所でした。

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笑顔の狛犬とボタンの雨

鎮宅霊符神社の見所の一つに、拝殿前の狛犬が挙げられます。

ユーモラスな表情をしており、その顔つきは笑っているようにも見えます。笑っている狛犬?そんなふざけた狛犬が存在するのかという御仁もいらっしゃるでしょうから、ここにその証拠写真を掲載しておきます(笑)

鎮宅霊符神社の狛犬

鎮宅霊符神社の狛犬。

これは確かに笑っていますね。

口角を上げているばかりか、目や鼻も真ん丸で愛嬌を感じさせる狛犬です。被写体として人気があるのも頷けますね。

鎮宅霊符神社由緒

鎮宅霊符神社の由緒が案内されていました。

永久5年(1117)に社壇を建立し、「元要記」に「南都四箇陰陽師之に勤在す」とあり、陰陽師の鎮守として祀られた。

御祭神 天之御中主神

「古事記」では、高天原に出現した三神の中で最初に現れた神であり、不動の天帝 北極星の神霊であろうとされている。

宇宙創造神、又神仏習合説 妙見信仰の神

御神徳は、天下泰平 国家安穏 五穀豊穣 災禍除き福運を呼ぶ。
また、境内社は住吉神社で、住吉三神を祀っている。ユーモラスな顔つきの狛犬は、慶応3年(1867)~

境内社として住吉三神が祀られていたようですが、これは見逃してしまいました。

アメノミナカヌシは、古事記における天地創造の場面で登場する神様ですね。天上界に現れた「三柱(みはしら)の神」はあまりにも有名ですが、その中でも中心に位置する神様です。神様の中の神様であり、出現してすぐに宇宙に溶け込むように姿を隠したと伝えられます。

古都祝奈良のアート作品

境内に展示されるアート作品。

見事にボタンの雨が降っていますね。

地域住民の古着から取り外したボタンをつなぎ、雨に見立てて展示・奉納されています。古都祝奈良のコンセプトブックによれば、” 服の使い方や意味を変更することで、現代資本主義の目的合理的な行為を相対化する試み ” と解説されています。

深い意味合いを持つ芸術作品だったのですね。

鎮宅霊符神社の狛犬

阿形の狛犬から吽形の方を見ます。

鎮宅霊符神社には、江戸幕府から暦の出版を許されたという陰陽師(暦氏)との深い繋がりがあります。神社は坂道の頂上に位置しており、暦に欠かせない北極星を正面に見ることができる場所とも言われます。

鎮宅霊符神社の提灯

霊符神社の提灯。

奥の方に本殿が見えていますね。

境内には古都祝奈良のイベントスタッフの方が一人常駐なさっていて、色々神社のことについても聞いてみました。かつてこの辺りには陰陽師が住んでいたことから、町名も陰陽町(いんようちょう)と命名されたようです。

鎮宅霊符神社本殿

紅白の鈴緒が垂れ下がります。

昔の陰陽師たちは災害を防ぐための呪術も行っていたことでしょう。ボタンの雨が降る境内で、一心に暦を読んでいた陰陽師の姿が頭に浮かんできます。

陰陽町の由来と賀茂氏

鎮宅霊符神社の西隣には、奈良町からくりおもちゃ館があります。

江戸時代のからくりおもちゃが展示されていて、実際に触って体験することもできます。そのおもちゃ館の建物に、陰陽町の案内板が出ていました。

陰陽町

時を司り、暦を作っていた陰陽師たちが住んでいたところからつけられた町名。ここでは庶民が最初に〇〇した暦といわれる奈良暦(南都暦)が作られていた。町内にある鎮宅霊符神社は陰陽師の神と仰がれる天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を祀っている。

木目の関係上、一部文字が読み取れない箇所がありますね(笑)

『奈良坊目拙解』によれば、陰陽師の賀茂氏が吉備塚のある紀寺にかつて住んでいたそうです。後に離散し、元興寺西方の陰陽町界隈に移住したことが記されています。

陰陽師と言えば、私たちは安倍晴明を思い出すわけですが、その安倍晴明の師が賀茂忠行(かものただゆき)とされます。帝からの信頼も厚かった賀茂忠行は陰陽師の代名詞でもあります。賀茂氏と陰陽師は切っても切れない関係なのです。

鎮宅霊符神社

鎮宅霊符神社の門。

古都祝奈良のタペストリーが掛かっていました。

ところで、京都の行願寺には鎮宅霊符神堂というお堂があります。御本尊は北辰妙見菩薩という仏像のようですが、鎮宅霊符神社の由緒にあった「妙見信仰の神」にも重なります。妙見菩薩とは北斗七星を神化したもので、国土を擁護し災害を除き、人の福寿を増す菩薩とされます。北極星や北斗七星のことを北辰(ほくしん)と言い、妙見菩薩は北辰菩薩とも称されます。

さらに京都行願寺の境内には加茂大明神五輪塔があり、加茂大明神が祀られています。

賀茂氏と陰陽師のつながりは、そのまま現在の地名(陰陽町)にも受け継がれています。

安倍晴明生誕地と名高い奈良県桜井市の安倍文殊院には、天文観測の地と伝わる展望台があります。陰陽師たちは暦を知るために星空を眺めていたのでしょうか。歴史ロマンが沸々と蘇ってきますね。

鎮宅霊符神社の狛犬

吽形の狛犬とボタンアート。

そう思えば、連なるボタンも星に見えてくるのは私だけでしょうか(笑)

作品名「ボタン/雨」の作者は奈良県生まれの西尾美也(よしなり)氏です。奈良ゆかりのアーティストが、陰陽師のお社にスピリチュアルな雨を降らせています。春日大社着到殿の象形文字アートも圧巻でしたが、鎮宅霊符神社のボタン芸術も魅力に満ちています。

鎮宅霊符神社の作品鑑賞時間は9時から19時までとなっています。イベントは10月23日(日)まで開催されていますので、是非皆さんも足を運んでみて下さい。夜の境内もいいかもしれませんよ。

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