水森かおりの歌碑@檜原神社前『わらべの里』

ご当地ソングの女王・水森かおり。

デビュー20周年を記念して発売された『大和路の恋』には、三輪山や大神神社の鳥居が歌われています。我が故郷が演歌のメロディーに乗って流れると、さすがに心地いいものですね。

水森かおりの歌碑

水森かおりの歌碑。

檜原神社から西へ100mほど下った『わらべの里』に建立されています。水森かおりさんの写真付きですね。真ん中には桜井市長直筆の歌詞が記されています。

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山の辺の道の新たな観光スポットが誕生

記念碑の建つ場所は、檜原神社の駐車場からもすぐ近くです。

『わらべの里』に足を向けることはあまりないのですが、数年前に秋のコスモスを見に行った記憶が蘇ります。『わらべの里』からさらに西へ下れば、井寺池や川端康成の万葉歌碑、さらには箸墓古墳を望むポイントにも出ることができます。

水森かおりの歌碑

記念碑の背後には三輪山が見えます。

ふと気づけば、水森かおりの歌碑もその山容をなぞっているように映りますね。

白御影石製の歌碑で、高さは1.5mになります。歌碑の右手前にはボタンの付いたスピーカーが備わります。ボタンを押せば、誰でも簡単に『大和路の恋』を聴くことができます。

桜井市観光親善大使や奈良県観光プロモーション親善大使などを務め、桜井市を全国にPRして下さった水森かおりさん。その功績をたたえ、山の辺の道沿いに記念歌碑が建立されています。

大晦日のNHK紅白歌合戦で『大和路の恋』が披露され、「仰ぐ三輪山」「大神(おおみわ)鳥居」の歌詞を耳にした時には鳥肌が立ったものです。あ~やっぱり、故郷っていいものです(笑)

茅原方面から檜原神社へアクセス

今回私は茅原方面から檜原神社を目指しました。

山の辺の道の通常ルートであれば、不動明王が祀られる玄賓庵から檜原神社に入り、そこから西へ下って歌碑のあるわらべの里へアクセスします。たまたまこの日は、ホケノ山古墳や慶運寺を巡った後に訪れることになりました。

慶運寺の石棺仏を見学した後、その足で檜原神社へ向かいます。

その道中で撮影した茅原大墳古墳。

盾持人埴輪が出土して、大いに話題を振りまいた帆立貝式古墳ですね。

この後、ひたすら檜原神社へと続く急坂を登って行くことになります。ちょうどその坂道の突き当りに万葉歌碑が建っていました。

万葉歌碑

いにしへにありけむ人もわが如(ごと)か三輪の檜原(ひばら)に插頭(かざし)折りけむ

柿本人麻呂の万葉歌ですね。

歌の意味はこうです。昔の人も、私が今するように、この三輪の桧原で髪挿を折ったことだろうか。

檜の枝を髪の毛に挿すという行為・・・それは取りも直さず、三輪の檜原のスピリチュアルパワーを自身に取り込もうとしたことに他なりません。単なる髪飾り(オシャレ)ではない深い意味が込められていたようです。

そんな檜原の地に建つ歌碑。

歌碑の前には木製ベンチも用意されていました。ここに座って、しばし水森かおりさんの歌声に酔い痴れるという構図ですね。美しい山容の三輪山を眺めながら、ご当地ソングの女王の歌を聴く。この上なく贅沢な時間が流れます。

平成28年(2016)6月7日に除幕式が行われたようです。

今となっては過去の話ですが、是非同席してみたかったですね。

大和路の恋。

山頂を重ね合わせます(笑)

桜井市長・松井正剛氏の書による歌詞。

靄のかかった三輪山が実に神秘的で美しい!

おっ、これがスタートボタンですね。

迷うことなく押してみます。

既にボタンの頭が剥げていました。

除幕後一年余りの歳月が流れており、数多くの観光客がここに立ち寄った証しではないでしょうか。

美声を聴きながら、わらべの里を見回してみます。

何やらストーンサークルのようなものが築かれていますね。

檜原神社へ続く道沿いに、記念碑の看板が立っています。

まだこの時点でも、『大和路の恋』は流れていました。その場を離れても、すぐに再生が止まることはないようです。

おや?これは防犯カメラですね。

ポールの先に取り付けられ、警備体制は万全のようです。

記念歌碑から少し先にある檜原神社の駐車場。

行く手に檜原神社の標柱が見えています。

アスファルト整備こそされていませんが、檜原神社には駐車場があります。意外と知られていないので、改めてご紹介しておきます。

山の辺の道のハイカーの方々も、ちょっと寄り道して水森さんの歌を聴いてみて下さい。大和路への想いがさらに膨らんでいくことでしょう。

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