紀伊神社は春日大社奥の院

春日大社の十五社巡りにおいて、以前に足を運んだことのある金龍神社。金龍神社より先の紀伊神社にはまだお参りしていなかったこともあり、真夏の昼下がりに参拝してみることに致しました。

紀伊神社

十五社巡第十一番納札社の紀伊神社。

紀伊神社へは春日大社本殿から若宮神社前を通って行くこともできますが、新薬師寺方面から奥の院道を通ってアクセスすることも可能です。鬱蒼とした春日山原始林に囲まれて建つ春日大社の摂社の一つです。

辺りが薄暗くなってくると、ここまで足を伸ばすのには少し勇気が要ります(笑) 夕刻間近の時間帯であれば、諦めていたかもしれない今回の紀伊神社参拝。参詣してみて分かりましたが、新薬師寺へと続く奥の院道を抜ければ、さほど時間を要さずに車道へと出ることができます。

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龍王珠石も鎮まる紀伊神社

紀伊神社の本殿向かって左側に、小さな石の積まれた場所があります。

「奈良名所絵巻」によれば、善女龍王が尾玉を納めた所と伝えられます。

龍王珠石

龍王珠石(りゅうおうじゅせき)。

室生寺の奥手に、室生寺の歴史を物語る室生龍穴神社が鎮座しています。

室生の龍穴にすむ善女龍王は、興福寺の猿沢池に居たと伝えられます。ところが、釆女の入水を嫌って春日山の南に移り住んだそうです。そこにも死体が捨てられるようになり、室生の竜穴へと移り棲むことになったと言い伝えられます。興福寺と春日大社、それに室生寺の関係を偲ばせる逸話ではないでしょうか。

龍王珠石と紀伊神社

龍王珠石の木札と紀伊神社本殿。

本殿は文久2年(1862)の建立で、一間社春日造檜皮葺の立派な建物です。

奥の院道

奥の院道。

紀伊神社と融夜寺、不空院、新薬師寺などを繋ぎます。

龍王珠石

本殿向かって左側に、注連縄と紙垂で結界が張られています。

龍王珠石を見ながら、遥か室生寺に想いを馳せます。

伊勢神宮遥拝所の磐座

金龍神社から南へ、宗像神社や護摩壇などを左手に見ながら紀伊神社を目指します。

紀伊神社へと辿り着く手前に、神々しいオーラを放つ磐座が祀られていました。

伊勢神宮遥拝所の石

伊勢神宮遥拝所の磐座。

二つの石の間の方を向けば、伊勢神宮に通じているようです。

伊勢神宮遥拝所の案内板

十五社巡第十二番納札社の伊勢神宮遥拝所。

鎌倉時代の記録にも、「伊勢遥拝石」であることが残されています。

伊勢神宮遥拝所の石

やはりお伊勢さんは偉大ですね。

全国各地至る所の神社境内に、伊勢神宮遥拝所が設けられています。お伊勢さんにまで足を運ばなくとも、遠方からお伊勢さんにお参りすることができる。奈良県内にも伊勢街道(横大路)が通っていますが、昔の人にとってお伊勢参りが一種のステータスであったことがうかがえます。

紀伊神社の案内板

紀伊神社の御祭神に、スサノオの御子神である五十猛命(いたけるのみこと)が名を連ねています。

樹種を持って天下り、日本国中に種を播いて林業を広く興したことで知られる神様です。森林資源の豊富な紀伊国を思わせる「紀伊」という名前が付いているのも納得ですね。

紀伊神社の立ち入り禁止

本殿向かって右側には、立ち入り禁止の結界が張られていました。

英語で「OFF LIMIT」と表現するんですね。

新薬師寺へ通じる奥の院道

万物の生気、命の根源を守る神様である紀伊神社参拝を終えて、一路新薬師寺を目指します。

奥の院道には人影もなく、ここが神様の領域であることを感じさせます。

上の禰宜道

奥の院道を抜けると、そこは上の禰宜道との接点でした。

上の禰宜道を北上すると、春日大社の若宮神社へとアクセスします。

丹阪ちびっこ広場

奥の院道を抜けて車道に出た所に、丹阪ちびっこ広場がありました。

このまま西へ進めば、ナンキンハゼの街路樹を通って高畑町の交差点に出ます。東へ取れば、春日山遊歩道、滝阪の道(旧柳生街道)へと続いていきます。

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