笠山三宝荒神大祭の見所

1月28日に催された笠山三宝荒神大祭を見学して参りました。

竈(かまど)の神様ということで、私とも縁のある神社です。桜井市内に鎮座する神社ではありますが、山の上という場所柄もあり、参拝する機会が少ない神社の内の一つです。荒神大祭は年に3回行われ、1月の新春荒神大祭にも毎年数多くの参拝客が集います。

笠山三宝荒神大祭

竹林寺本堂から出発する神輿渡御

竹林寺に祀られる板面荒神の神霊が、お神輿に担がれて三宝荒神の神前まで運ばれます。荒神大祭の最大の見所は、この神輿渡御にあるのではないでしょうか。

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日本三荒神に名を連ねる笠山荒神の祭典

笠山荒神社は日本三荒神の一つとされます。

兵庫県宝塚市の清荒神、奈良県吉野郡野迫川村の立里荒神と共に日本の三大荒神社にその名を連ねています。よく見てみれば、笠山荒神、清(きよし)荒神、立里(たてり)荒神といずれも関西地方に鎮まる荒神様ということになりますね。

笠山三宝荒神大祭の甘酒

拝殿前のベンチに座って甘酒を頂きます。

笠山三宝荒神大祭では、拝殿横の参集所において甘酒のふるまいがあります。寸志を納めて温かい甘酒でちょっと一息(笑)

たった今、300mほど離れた竹林寺からの神輿渡御が終わり、板面荒神のご神霊は拝殿の中にいらっしゃるものと思われます。

笠山荒神社

笠山荒神社表参道前の社号標。

笠山荒神への入口は2箇所で、閼伽井不動・天満神社・竹林寺などに近い表参道と、駐車場やそば処に近い北参道に分かれます。車でアクセスする参拝客にとっては、こちらの表参道口は馴染みの薄い場所かもしれません。私は今まで裏参道に当たる北の入口が、笠山荒神社の表玄関に当たるものと思っていました。とろこが違うんですね。車でのアクセスを考え、北参道入口付近が後になって整備されたのでしょう。

ちょうどこの鳥居の左手奥には、笠山荒神社の霊場・閼伽井不動が祀られています。

笠山三宝荒神の由緒

日本第一 笠山三宝荒神

ご祭神 土祖神(はにおやのかみ) 興津彦の命 興津姫の命

笠山荒神のパンフレットによれば、その御祭神は土祖神(つちのみおやのかみ)、奥津彦神(おきつひこのかみ)、奥津比売神(おきつひめのかみ)と案内されています。

笠山三宝荒神は9万8千8百8躰の眷属と倶に、3千年の昔より笠山の鷲ヶ峯に奉祀て、山之辺の道に散在する社寺の三宝を守る神、奥之院として栄える。

大和の寺社仏閣は、三宝の神として崇拝し、笠山三宝荒神の名声は大和の国、笠山の一隅より、広く日本全土津々浦々にひびきわたる。

火をしずめる神として諸人は、各家に奉祀、其のご神徳に浴せり。

笠山荒神の鎮座地は桜井市笠の鷲峯山(じゅぶさん)で、境内の霊場として閼伽井不動、竹林寺、鏡池などがあります。

境内の所々には雪が残っており、標高480mの山中にあることをうかがわせます。明治期の神仏分離によって、竹林寺から本殿を笠山山頂に遷座し「かまどの神様」として崇拝を集めています。

笠山三宝荒神大祭

開運の破魔矢でしょうか。

竹林寺からの神輿渡御が終わり、板面荒神が遷座する拝殿前には数多くの参拝客が集っていました。

笠山三宝荒神大祭の太鼓

拝殿内では祭事が進行しています。

太鼓が鳴らされ、神前周辺には張り詰めた空気が流れます。拝殿内では神前神楽も奉納され、辺りは厳粛な雰囲気に包まれていました。

笠山荒神社では毎年1月、4月、9月の28日に大祭礼が行われる慣わしです。竹林寺から神輿のお渡りがあり、蕎麦の里の笠エリアはいつにも増して賑わいます。台所の神様が祀られていることから、笠山荒神はどの家庭とも疎遠ではないはずです。荒神様とご縁を持っておけば、何かしらの形でご利益に授かれること請け合いです。

古事記には「此(こ)は諸人(もろひと)のもち拝(いつ)く竈神(かまのかみ)ぞ」と記されます。

火をおこし、食べ物を煮たり焼いたりすることを教えてくれた神々を境内に仰ぎます。荒神は不浄なものが嫌いだといいます。不浄なものを焼き尽くす火は清浄の象徴とされました。昔の人は竈の火を見つめながら荒神様のことを思ったことでしょう。昨今のシステム化されたキッチンでは火を見る機会も少なくなりましたが、料理の過程にある火に根本的な違いはありません。

普段から「台所の火」を敬う気持ちを大切にしたいですね。

竹林寺の仏像

笠山三宝荒神大祭の神輿渡御が出発する場所。

それが荒神社の下手にある竹林寺です。元々、笠山荒神社は竹林寺境内にあったと伝えられます。

竹林寺の歴史を紐解けば、元来は笠寺(加佐寺)と称し、聖徳太子あるいは良弁僧正の創建と伝わる大寺院でした。長谷寺奥之院とも言われ、長谷寺十一面観音の材料であった楠の霊木の一部を使って薬師如来像を造ったと伝わります。残念ながら創建当時の仏像は現存していませんが、長谷寺との関係を匂わせるその由緒に興味を抱きます。

竹林寺はこの笠寺の中の一寺として承継されたもののようです。明治の神仏分離までは笠山荒神社と一体になっていたと言います。今も竹林寺境内に祀られる板面荒神がそのことを如実に物語っています。

竹林寺

鷲峯山竹林寺の本堂。

神輿渡御は午前11時開始と聞いていたので、そのわずか数分前に到着致しました。

竹林寺案内板

竹林寺の文化財が案内されています。

国の重要文化財に指定される平安時代初期の薬師如来立像、県重文に指定される鎌倉時代の地蔵菩薩立像が寺宝として収められているようです。板面荒神図絵や十一面観音立像なども記されています。

竹林寺社務所

竹林寺社務所。

文化財案内板から左手に目をやると、竹林寺の境内から少し離れた場所に社務所がありました。手前右手のスペースは駐車場でしょうか。社務所向かって左側の丘陵上には、菅原道真を祀る天満神社が鎮まります。

竹林寺

鷲峰山竹林寺。

本堂中ではご神職の方々を中心に祭事が執り行われていました。

白鬚大明神

正一位白髭大明神。

本堂向かって左手に祀られています。

白鬚大明神

白髭大明神の扁額。

小さな祠が、植え込みを瑞垣にして守られていました。

竹林寺鐘楼

竹林寺の鐘楼。

白髭大明神の向かって右側に竹林寺の鐘がありました。果たして時を告げる鐘なのでしょうか。

そうこうしている間に、大きな花火の音が山間に響き渡りました。荒神大祭を祝う祝砲?思わず我に返るほど、かなり大きな花火の音でした。

竹林寺のお堂

本堂裏手にある仏像の収蔵庫。

鐘楼からさらに奥へ進むと、扉の開いたお堂が見えて参りました。

竹林寺の木造薬師如来立像

お堂の中に収められる木造薬師如来立像の解説パネル。

像高194.3㎝の大像で、頭部から両袖や台座蓮肉部までを、榧の一材から彫出した平安初期の代表作である。螺髪は植付け、両手首より先を矧ぎ付ける。背面から長方形に内りを行ってから背板を当てている。

強く隆起した肉髻の形や厳しく闊達な表情の面相や体躯にみる充実した重量感、深く刻んで全体に力強い印象を与え、緊密に構成された衣文など、いずれも平安時代初期の典型的な表現を示している。

およそ2m近い大きな仏像なんですね。

鮮やかに浮かび上がる衣文の表現がこの仏像を際立たさせます。

竹林寺仏像庫

木造薬師如来立像が安置される収蔵庫。

薬師如来立像の左横にお立ちになられているのが、木造地蔵菩薩立像ですね。

今日は笠山三宝荒神大祭に合わせ、特別開扉が行われている模様です。

竹林寺の木造薬師如来立像

竹林寺の木造薬師如来立像

薬壺を持たない古いタイプの薬師如来様です。

手首から先は別材ですが、基本的には一木造の仏像のようです。そう言われてみれば、確かに手首から先は色が変わっているように見受けられます。

木造薬師如来立像

幾重にも浮かび上がる衣文のライン。

仏師の手の入れようが伝わってくるような気が致します。

竹林寺の仏像

木造薬師如来立像の左横には、小さな地蔵菩薩立像が祀られます。

一つのお堂の中に、左右非対称の仏像がお互いの距離感を保っています。これはこれで、絶妙なバランスが取れているのかもしれません。

竹林寺の地蔵菩薩立像

竹林寺の地蔵菩薩立像。

光背には円光が見られますね。迷いの中にある人々に救いの手を差し伸べる地蔵菩薩。56億7千万年後の弥勒来迎に至るまで、私たち衆生をそっと見つめ続ける有り難いお方です。

竹林寺本堂

竹林寺の本堂内。

天井に目をやると、紅白の紙垂がぶら下がっていました。鳥居の形をした形代のようなものも吊るされていますね。

竹林寺本堂

竹林寺の十一面観音立像

本堂内、釣灯籠の奥に長身の十一面観音様が祀られていました。

竹林寺の十一面観音立像

朱色の光背を背にしています。

光背には梵字のようなものが描かれています。右手に武具、左手には水瓶を持ちます。随分スマートな感じのする十一面観音様です。

竹林寺の十一面観音立像

釣灯籠の手前には、猿の切り絵も飾られていました。

今年は申年ですからね、十二支を意識したデザインなのでしょうか。三つ並ぶ切り絵の一番左は、どうやら笠山三宝荒神の火を模ったトレードマークのようです。真ん中は不明です(笑)

竹林寺の十一面観音立像

切れ長の目でどっしりと構えていらっしゃいます。

胸の辺りには首飾りの模様が描かれていますね。身に着ける衣にもアーティスティックなデザインが見られます。

竹林寺の十一面観音立像

左手に衣が掛かっています。

平べったい体躯をした仏像です。それでいながら、胸板は少し厚く造形されているようです。流れるような自然体とまではいきませんが、オリジナリティに富んだ素敵な仏像です。その像高は天井一杯いっぱいって感じですね(笑)

竹林寺本堂の釣灯籠

重要文化財とか国宝とか、文化財の価値を決めるのは後世の人間です。

作られた当初はそんなことなど関係なく、ただ無心に作られたのだろうと思われます。そこがまたイイ。素人っぽい作りであろうがなかろうが、そこに込められた熱意には優劣が無いのです。

竹林寺本堂の不動明王

木造不動明王立像

十一面観音立像左手の一室に祀られていました。

燃え盛る火焔光が印象的な仏像です。左は愛染明王でしょうか、そして右が三宝荒神かな?説明書きがどこにも見当たらず、お不動さんの周囲に祀られる仏像の名前は想像の域を出ていません。

白壁を背にする不動明王様ですが、壁伝いに左側に目を向けると、何やら細長いものが立て掛けられていました。

不動明王と弘法大師空海の杖

一番向こうの隅っこに立て掛けられているものは何でしょうか。

笠山荒神社の講の方にお伺いすると、なんと弘法大師空海の杖なんだそうです。その他にも、空海の笠(菅笠)も保管してあるそうです。

弘法大師空海は遣唐使として中国に渡り、大同元年(806)に帰朝しています。その後、高野山建立を志し笠寺に身を寄せました。現在閼伽井不動の祀られる池で、21日間の行を修めたと伝えられます。

竹林寺の板面荒神

十一面観音立像の向かって右手に板面荒神が祀られています。

額に描かれる文字は 「日本最古笠山荒神」 と読むのでしょうか。あの観音開きの扉の中に普段は板面荒神をお祀りしているようですが、私が訪れた時はお留守の状態でした。

神輿渡御で空っぽになったお堂。その留守番をなさっている講の方にお伺いすると、午後3時か4時頃にはお戻りになられるとのことでした。さすがにお戻りになられるまで待つ時間は無かったので、このまま本堂を後にすることになります。

竹林寺の板面荒神

ちなみにこれが荒神板絵像です。

パンフレットの掲載写真ですのでイマイチよく分かりませんが、複数の御手をお持ちのようです。三面六臂と伝わる荒神様のお姿なのでしょうか。

荒神板絵にはあるエピソードが残されています。南都大仏殿建立に際し、良弁僧正に啓示が降りたのだそうです。荒神のお姿を小木の板に描き、それを笠山に留められたものが板面荒神と伝わります。

竹林寺本堂

ちょっと時系列は前後しますが、これは無事に祭事が終了し、ご神職並びに関係者の方々が本堂から出て来られるシーンです。

軒下に沿うように注連縄が張られ、そこに紙垂が四つ垂れ下がっていますね。

さぁ、いよいよ神輿渡御の始まりです。

笠山三宝荒神大祭

少し引いた位置から、今か今かとお神輿の登場を待ち受けます。

参拝客に混じって、カメラを持った報道関係者の姿も見られました。

笠山三宝荒神大祭の神輿

お神輿のお出ましです。

神輿は揺らしてこそ意味があると聞いたことがあります。一種の魂振り(たまふり)にも通じる所作なんだそうですが、もうすぐ笠山荒神大祭の魂振りが始まろうとしています。

笠山三宝荒神大祭の神輿

割と小ぢんまりとした神輿ですね。

金色に輝き、見ているだけでも崇高な神性が漂います。

笠山三宝荒神大祭の神輿渡御

さぁ、持ち上げて出発です。

笠山三宝荒神大祭のメインイベント!

笠山三宝荒神大祭の神輿渡御

本堂手前の枝垂桜を回り込んで、参拝客が待ち受ける拝殿を目指します。

その途中には坂道や石段が待ち構えていますが、今年も無事に神様がお遷りになられることを祈ります。神輿のお渡りに付き添って行こうか迷ったのですが、今回は竹林寺の仏像をもう少しゆっくり拝観したかったので、竹林寺境内へ戻って至福の時間を過ごしました。

この後、神輿は表参道の鳥居を抜けて拝殿へと向かいます。

犬の出入禁止

表参道の鳥居脇にあった立看板。

これより先は、犬の出入りが禁じられているようです。ペット同伴で参拝できる神社も見受けられるようになりましたが、まだまだそこの線引きはシビアなようです。至極当然、と言えば確かにそれまでのことですね。

笠山三宝荒神の表参道

石燈籠と鳥居が建ち並ぶ表参道。

荒神大祭の神輿はこのルートを上がって行きます。

表参道の石燈籠

石燈籠の灯りの採り方がユニークですね。

電源と導線を通してつながっているようです。

笠山三宝荒神

表参道入口からおよそ200mほど歩くと、右手に拝殿へと続く石段が見えてきます。

石段下には立派な鳥居が掛かり、神域への結界を示しています。

冬の境内で頂く甘酒

新春荒神大祭の名物と言えば、参集所で振る舞われる甘酒です。

甘酒は体にも良いと言います。参拝客の大半がご高齢のお年寄り方でしたが、皆さん一様に美味しそうに甘酒を飲み干していらっしゃいました。

笠山三宝荒神大祭

厄除け笹と拝殿。

既に拝殿前には数多くの参拝客が詰め掛けていました。

笠山三宝荒神大祭の甘酒

笠山荒神社の参集所。

甘酒授与所の木札が掛かっています。

笠山三宝荒神大祭の甘酒接待

参集所の中に入ると、乳白色の甘酒が寸胴鍋の中で湯気を立てていました。

さっそく志納をお支払いし、厚手の湯呑み茶碗の中に甘酒を注いで頂きます。

笠山三宝荒神大祭の甘酒接待

参集所の前には焚火が焚かれていて、天気も良かったので外で頂くことにしました。

これがまた美味しい!

笠山三宝荒神大祭の神前神楽

拝殿の中で舞われる神楽。

拝殿の中にもたくさんの参拝客が昇殿なさっていました。年に3回のイベント日とあって、さすがに少し混雑しており、残念ながら中の様子ははっきりうかがえませんでした。

笠山三宝荒神の御神水

拝殿前の御神水。

笠山に湧出するという鏡池(心見の池)の霊水でしょうか。

笠山の東方中腹には、霊水の注ぐ鏡池があります。心見(こころみ)の池とも言われ、良弁僧正が笠山に参籠した際、身を清めた池と伝わります。

奈良の猿沢池にも通じているという鏡池。

鏡池に落ちると猿沢池に浮かび上がるという伝説があるほどです(笑) 東大寺二月堂のお水取りの際には、鏡池の水面が低くなり、この水が二月堂の清浄水になるとも言い伝えられます。

笠山三宝荒神の交通安全ステッカー

笠山荒神社の交通安全祈願ステッカー。

最高級金属ステッカーと記されていますね。

笠山三宝荒神の神紋

石燈籠に刻まれる巴紋。

笠山荒神社の御神紋なのでしょうか。

閼伽井不動の道案内

拝殿へ続く石段下に、閼伽井不動の道案内が出ていました。

ここから閼伽井不動(表参道入口付近)へは、表参道を通って200mほどの距離です。

笠山三宝荒神の北参道入口

笠山荒神社の北参道入口。

駐車場やそば処に近いため、大多数の参拝客がここを通って笠山詣でに出掛けることになります。

北参道入口の狛犬

鳥居を抜けると、両側に狛犬が陣取ります。

阿形の狛犬の口が赤く塗られていました。かっと見開く目に牙をむく口、どちらも邪悪なものを寄せ付けないための見張番に似つかわしい形相です。

笠山三宝荒神の社号標

まだ積雪が残っていますね。

太陽の光が差し込み、三宝荒神大祭の幟が時折風にはためきます。

笠山三宝荒神の北参道

これから拝殿を目指す参拝客。

北参道を通って、大祭の行われている境内へと向かいます。

奈良県桜井市に住んでいながら、なかなか訪れることのない笠山荒神社。標高が高いというだけで足が遠のいてしまうのですが、これからはもっと頻繁にお参りしてみようと思います。

初詣に節分祭、竹林寺薬師祭人形祈祷祭閼伽井不動祭と年間を通して様々な行事が催される神社です。そばの花が咲く季節も賑わいを見せます。まだまだ見所いっぱいの荒神発祥のお社です。笠山三宝荒神社とのお付き合いはまだまだ始まったばかりのような気が致します。

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