聖徳太子と達磨大師@達磨寺

臨済宗南禅寺派の片岡山達磨寺

聖徳太子遺跡霊場第十九番の達磨寺は、聖徳太子が築いた達磨塚霊跡に建立されたお寺です。聖徳太子と達磨大師の出会いの地ともされ、日本書紀や元亨釈書などに見られる片岡山飢人伝説が今に伝えられます。

龍田大社へお参りした帰り道、久しぶりに達磨寺に立ち寄ってみることに致しました。

達磨寺の木造達磨坐像

達磨寺の御本尊・木造達磨坐像

達磨寺の本堂内陣には、計3体の御本尊が祀られています。向かって左側から木造聖徳太子坐像、木造千手観音坐像、木造達磨坐像が居並びます。王寺観光ボランティアガイドの方に写真撮影の許可を頂き、恐縮しながら撮らせて頂きました。

木造達磨坐像は室町時代の仏像で、国の重要文化財に指定されています。その銘文によれば、永享2年(1430)に足利義教が命じて造らせたもののようです。「永享二季(1430)四月奉征夷大将軍源相公」と記された日本最古の達磨像とされます。

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聖徳太子と雪丸像

本堂の南西方向には、聖徳太子の飼い犬と伝わる雪丸の石像が建っています。

飛鳥時代に生まれ、聖徳太子のペットとして生きた雪丸。

達磨大師を慕った雪丸は、達磨大師のお墓の丑虎(北東)に葬られたと伝えられます。雪丸像は現在、達磨塚のある本堂の南西に祀られていますが、元は北東の達磨寺1号墳(雪丸塚)にあったそうです。

達磨寺本堂

達磨寺本堂。

この本堂の下に、達磨寺3号墳と呼ばれる古墳時代後期の円墳があります。達磨寺3号墳は達磨大師の墓とされ、達磨塚を中心にお寺が構成されていることが分かります。

達磨寺の雪丸像

雪丸像。

王寺町マスコットキャラクターとしても知られる雪丸。達磨寺本堂の方向を向き、何を思うのでしょうか。

達磨寺の雪丸像

雪丸像の案内板がありました。

聖徳太子の愛犬・雪丸の像。雪丸は人の言葉が理解できたといい、達磨廟(達磨寺3号墳・本堂下に所在)を守るために遺骸を本堂東北隅に葬るよう遺言して世を去ったという。

このため雪丸像は達磨寺1号墳の石室近く(本堂の東北)に祀られていた。

人の言葉が話せたばかりか、お経も読むことができたという雪丸。

雪丸が以前に眠っていたという達磨寺1号墳は、達磨廟と同じく古墳時代後期の円墳です。横穴式石室を持つ約15mの円墳で、聖徳太子が密かに法隆寺から通われていたという地下道があったとも伝わります。1号墳の石室がその地下道ではないかと言われています。

達磨寺の九重石塔

雪丸像の近くに、珍しい九重石塔がありました。

塀の向こうは国道168号線です。

そのまま北へ進めば、JR王寺駅へアクセスします。

九重石塔の並びには、戦国時代の武将・松永禅正久秀の墓もありました。織田信長に謀反した松永久秀は、信貴山城にて織田軍に包囲され自害したそうです。その際に筒井氏が首級をここに埋葬したと伝えられます。久秀のお墓には、「松永禅正久秀墓」「天正五年十月十日」の銘文が刻まれていたといいます。

達磨寺の九重石塔

九重石塔の案内板。

燈籠や五輪塔の台石を九重に重ねて塔にしたものである。塔身には「法華塔」の銘文がある。

もとは本堂の西隣にあり、塔の地下には石室を造って一字一石経が大量に奉納されていた。

一字一石経(いちじいっせききょう)とは、経文を一個の小石に一字ずつ書写したものです。追善供養などのために地中に埋め、その上に石塔などが建てられます。大量に埋納されていたということですが、その時の様子を是非見てみたいものですね。
達磨寺の一夜竹

雪丸像の近くに一夜竹が植えられていました。

達磨大師が手に携えた竹をここに挿したところ、一夜にして芽を出したと伝えられる竹である。

その成長の早さから、祝い事や慶事にもてはやされる竹ですが、達磨大師ゆかりの竹にも並々ならぬ生命力が漲ります。

国道168号線に面する達磨寺駐車場

達磨寺の駐車場は国道168号線に面しています。

普通自動車30台、大型バス3台が駐車できる無料駐車場です。

国道沿いにあることからも、大変使い勝手のいい駐車場だと思われます。

達磨寺の駐車場

王寺町観光協会の電話番号と共に、達磨寺の駐車場が案内されています。

マスコットキャラクターの雪丸と本堂、それに梅が描かれているのでしょうか。

達磨寺の駐車場

国道168号線沿いの達磨寺駐車場。

田原本方面から達磨寺を目指すと、JR王寺駅の手前右手に駐車場が見えて参ります。このまま北へ進んで行くと、東西に走る国道25号線と交差し、王寺アリーナや王寺町役場を見ながらJR王寺駅方面へとアクセスします。

西名阪自動車道香芝ICからだと、国道168号線を経由して約10分の所要時間です。法隆寺方面からのアクセスは、国道25号線経由で約10分となっています。

達磨寺西門

達磨寺西門。

駐車場に車を停め、こちらの門から境内へと入ります。

達磨寺境内の南方に山門があるようなのですが、今回私はその山門を目にすることはありませんでした。次回訪れる機会があったら確認しておこうと思います。

達磨寺鐘楼と本堂

本堂右手前に鐘楼があって、さらにその前に池が水を湛えています。

なぜか鶴が置かれていました(笑)

達磨寺縁起に登場する「片岡山飢人伝説」ですが、ここにその概略をご案内しておきます。

推古天皇21年の12月1日、聖徳太子が片岡に遊行された時のことです。

一人の異人が飢餓に苦しみ、道に伏しているではありませんか。太子はこれを憐れんで衣食を給し、一首の和歌を詠んで立ち去られました。

その翌日、飢餓に苦しんでいた異人は残念ながら亡くなりました。太子は側近の者に命じて厚く葬らせ、後日その屍を検視したところ、屍は跡形もなく消え失せ、衣服だけが棺の上に綺麗に畳んで置かれていました。世人はこれを達磨の化身だと云い、皆がその奇跡に驚きました。

それから後、この棺上に達磨塚を整え、さらに精舎を建立して聖徳太子御自刻の達磨木像を安置したと伝えられます。達磨寺の創建は、聖徳太子が達磨塚を築いて供養したことに由来しています。

重要文化財の達磨寺本尊

達磨寺の本尊は三体ありますが、その内の達磨坐像と聖徳太子坐像は国の重要文化財に指定されています。

真ん中に安置される千手観音坐像も実に魅力的で、王寺町指定文化財の仏像とされます。

達磨寺本堂

平成16年に落慶した、まだ真新しい本堂(達磨寺資料展示室)。

達磨寺本尊は三体とも本堂内に安置されています。

西門から境内に入り、左手の本堂へ向かって歩いていると、後ろから何やら声がしました。振り返ると、王寺観光ボランティアガイドの方が「ご案内致しましょうか?」をお声かけをして下さいました。これはラッキーと思い、遠慮なくお願いしてみることに致しました。

達磨寺本尊

本堂奥に祀られる達磨寺御本尊。

達磨坐像はそのエキゾチックな面持ちで見る者の心を惹き付けます。

後で知ったことなのですが、達磨寺の本堂拝観は土日のみとなっています。

平日の拝観については事前連絡が必要です。坐禅体験も実施されているようですので、ご興味のある方は是非トライされてみてはいかがでしょうか。週末は王寺観光ボランティアガイドの方のご協力により、本堂内の仏像をはじめ、達磨寺にまつわる様々な資料を見学することができます。

達磨寺の木造聖徳太子坐像

向かって左側に坐す木造聖徳太子坐像

鎌倉時代の重要文化財です。

わずかに残る彩色から、元は緋色に着色されていたことがうかがえます。銘文により、建治3年(1277)に院恵・院道が制作したことが分かります。笏(しゃく)を手に取る聖徳太子摂政像ですが、その眉をひそめた厳しい表情が印象的です。

達磨寺の木造千手観音坐像

真ん中に坐す木造千手観音坐像

室町時代の王寺町指定文化財です。

見事な手の数!思わず私は、「この仏像の手は本当に千本あるのですか?」とお伺いしてみました。すると、そのお答えは「現状では392手」とのことでした。制作された当初は500手あったと考えられています。さらに驚くことに、全ての掌に玉眼による目が表現されているそうです。その精巧な造りから、達磨寺中興の際、室町幕府の支援があったものと考えられています。

パッと見では一番印象に残る仏像ではないでしょうか。

達磨寺の木造達磨坐像

向かって右側に坐す木造達磨坐像

室町時代の重要文化財です。

彩色は画僧の周文によるもので、鮮やかな朱色に塗られた衣が美しい仏像です。よく目を凝らして見ると、髭や胸毛などの細部に至るまで、実に細やかな筆遣いが確認できます。

達磨寺資料展示室の文化財

本堂内には、達磨寺関連の様々な資料が展示されています。

達磨寺パンフレットにも「達磨寺資料展示室」と案内されていますが、要は本堂と同じ屋根の下です。

達磨寺出土石塔及び舎利容器

達磨寺出土石塔及び舎利容器

鎌倉時代の奈良県指定文化財です。

本堂の真ん中のガラスケースの中に展示されていました。

なぜこの場所なのか?なぜ本堂のど真ん中にディスプレイされているのか?御本尊の御前ということもあり、少々邪魔になるのではないかとも思われるのですが、どうやら今展示されている場所の真下から出土したそうです。

達磨寺出土石塔

当時の出土状況が分かる写真が掲げられていました。

タイムカプセルの扉が開けられた瞬間ですね。

現在の本堂建て替えに伴う発掘調査により、平成14年に歴史的な発見があったことを伝えます。

本堂の地下に小石室を作り、その中に宝篋印塔、合子、水晶製五輪塔形舎利容器、そして仏舎利が入れ子式に埋納されていたようです。今までに何度も衰退と再興を繰り返してきた達磨寺ですが、鎌倉時代の寺域整備に当たり、達磨大師への追慕の念を込めて納められたのではないかと推測されています。

備前焼大甕

備前焼大甕(達磨寺中興記石幢地下遺構出土品)

室町時代の重要文化財です。

この大きな甕の中に、青磁香炉が入った状態で出土しているようです。

達磨寺中興記石幢地下遺構出土品

大甕・香炉が埋められていた状況が復元されていました。

本堂裏手にある達磨寺中興記石幢。

その地下から嘉吉2年銘石碑が碑面を伏せ置いたかたちで発見され、さらにその下に備前焼大甕が埋められており、その中に青磁香炉が入っていました。碑文などから、室町時代の達磨寺中興に尽力した南峯禅師に関わるものと推測されています。

青磁香炉

こちらが大甕の中に入れられていた青磁香炉です。

貴重な文化財ですね。

達磨寺の歴史を辿れば、興福寺の僧兵により火を放たれて焼失してしまったこともあります。武家政権の時代になると、禅宗道場として再興されます。さらには戦国の動乱期を経て、豊臣秀吉や徳川家康から手厚い庇護を受けて発展していくことになります。

山岡鉄舟の達磨画

山岡鉄舟が描いた達磨画です。

幕末から明治の時代に活躍した政治家であり、思想家でもあった山岡鉄舟。

剣・禅・書の達人としても知られますが、意外なことに絵も残していたんですね。

山岡鉄舟の達磨絵

眼光鋭く描かれています。

どことはなく、ダルマさんの雰囲気が醸されます。

山岡鉄舟の達磨絵

こちらも達磨が描かれているようなのですが、ボランティアガイドの方の説明によれば、少し年老いた時の達磨大師が表現されているようです。

勝海舟、高橋泥舟と共に、「幕末の三舟(さんしゅう)」と呼ばれた幕臣・山岡鉄舟。

その足跡を達磨寺で拝見することになるとは、思いのほか幸運な一日となりました。

達磨寺本堂の木魚

立派な木魚も置かれていました。

”寝る時も目を開けている魚” を模しているのが木魚だと聞いたことがあります。それだけ勤勉だ、ということのようですが、この木魚に描かれている模様は波頭でしょうか?クルッと丸まった形状は如意宝珠をも連想させます。

達磨寺拝観案内

聖徳太子と達磨大師ゆかりの達磨寺

住所:奈良県北葛城郡王寺町本町2-1-40

<達磨寺関連情報>

拝観料:無料

駐車場:無料(普通自動車30台、大型バス3台)

アクセス:JR・近鉄王寺駅より徒歩15分

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