恋の語源を今宮神社に想う

恋愛成就や縁結びを祈願して、京都の今宮神社を訪れる人も多いのではないでしょうか。今宮神社の挙式も、若い人たちの間で人気を呼んでいます。

玉の輿神社というキーワードに飛び付く若い女性の姿が思い浮かびます。そもそも恋とは何なのでしょうか?「愛は真心で恋は下心」なんてよく言いますが、本当のところ、恋という言葉にはどんな謎が隠されているのでしょうか。

今宮神社の織姫社

今宮神社の拝殿向かって左側に鎮座する織姫社。

織姫と言えば、七夕シーズンの織姫と彦星を思い出します。会いたくても会えない二人の仲は、自身の恋愛を投影してか多くの人々の心を惹き付けます。

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異性を想う心は「重い」に通じる

恋愛中は誰しも、心の中に重いものを感じるものです。

相手を想うという「おも」は、重いの「おも」に通じているのです。ずしりとした得も言われぬ重みを感じるのが恋愛なのです。

重軽石の扇

今宮神社のお守り授与所に重軽石の扇が掲げられていました。

今宮神社名物の阿呆賢さん(あほかしさん)が描かれていますね。石を持ち上げてみて軽いと感じたら願いが叶う、それが重軽石の相場です。心の中に重いものを抱いたままでは、重軽石も重く感じるのではないか?そんなことを想像してしまいますが、とにかく相手を想うということは心の中が重い状態のことを言います。

今宮神社のあほかしさん

今宮神社の阿呆賢

さて、恋の語源はというと、どうやら恋(こひ)は乞ひ(こひ)に通じているのではないかと思われます。

食べ物をちょうだいというのが「乞ひ」で、魂をちょうだいというのが「恋ひ」を表しています。これは、恋人の魂を乞う魂乞ひ(たまごい)という考え方です。魂を下さいなんて、ちょっぴり物騒にも思えるのですが、要するに離れ離れの恋人同士がお互いの魂を呼び合うといったニュアンスです。

今宮神社の織姫社

今宮神社の織姫社。

会えない二人がお互いの魂を呼び合う。

どこかドラマチックで美しい心象風景が浮かび上がります。

いつの時代も恋は苦しく辛いものでした。おそらくこれから先も、恋は苦しいものであり続けることでしょう。昔の人は恋忘れ貝恋忘れ草にすがったと言い伝えられます。恋の苦しさを忘れさせてくれる呪力を持った貝や草のことですが、そんなものが登場するぐらい恋は苦しかったのです。

今宮神社の縁結守

今宮神社の縁結守。

私はあなたがいなくて寂しい。英語で表現すれば、I miss you. ですよね。

歌の歌詞の中にも頻繁に出てくる I miss you. には、古代の人たちの魂乞ひ(たまごい)の叫びにも通じるものが感じられます。

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