はだか地蔵に見守られる幼稚園

「こんにちは!」

元気よく声を掛けられて振り向くと、そこには可愛い園児たちの姿がありました。

場所は伝香寺の境内。あるいは「いさがわ幼稚園」の運動場と言ってもいいかもしれません。京都方広寺の大仏のモデルにもなったと伝えられる釈迦如来坐像。そのご本尊が安置される本堂の前で境内案内図を見ていると、背後から元気な声で呼び掛けられました(笑) すっかり参拝客慣れしている様子の園児たち。奈良という立地柄、外国人観光客にも同じように挨拶しているのかと思うと、思わず笑みがこぼれます。

いさがわ幼稚園

いさがわ幼稚園の遊具の向こう側に、巨樹の楠と本堂が見えます。

以前に何度も伝香寺の前を歩いたことがあったのですが、境内がこんな感じになっているとは思いもよりませんでした。なるほど、お寺と幼稚園が一体化しているのですね。とても微笑ましい光景です。

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日本のアンデルセンの勧めで創園したいさがわ幼稚園

幼稚園の名前は、奈良市の学校法人 伝香寺学園いさがわ幼稚園。

「いさがわ」という名前からも分かるように、幼稚園の北側には大神神社の摂社・率川神社が鎮座しています。率川神社のことを子守明神と言ったりしますが、率川は奈良町の中心を流れる川であり、子守社の辺りでは特に子守川と呼ぶこともあります。育児の神様でもある率川神社のすぐ傍にある幼稚園。何だかそれだけで、とても安心感のある幼稚園です。

伝香寺のはだか地蔵

伝香寺の重要文化財・春日地蔵(はだか地蔵尊)。

いさがわ幼稚園の園児たちは、率川神社の神様のみならず、伝香寺に伝わる裸形地蔵菩薩立像にも優しい眼差しで見守られています。

お地蔵さんと言えば、田園風景の広がる道端で子供たちを見守る姿が思い浮かびます。伝香寺の裸地蔵も、地蔵堂の中から園児たちの様子を見守っています。後光を背に、運動場の方を向いて立つはだか地蔵。神様にも仏様にも見守られて、この上なく幸せな幼稚園生活ではないでしょうか。

久留島武彦寓居の碑

久留島武彦寓居の碑と、伝香寺南門。

境内南側に、日本のアンデルセンと呼ばれた童話家の久留島武彦氏の寓居跡を示す石碑が建っています。久留島氏の勧めにより、いさがわ幼稚園は創園されました。寓居碑の西側に見える南門は、天明14年の楽人門を奈良町から移築したものと伝えられます。

久留島武彦評伝
久留島武彦評伝

いさがわ幼稚園の楠

本堂前に立つ楠。

大きな楠には注連縄が張られていました。御神木としての風格が漂います。

伝香寺の由留木地蔵

本堂向かって左横には、永正12年(1515)の刻銘がある由留木地蔵が佇みます。

このお地蔵様も、裸形地蔵菩薩立像と同じくいさがわ幼稚園の運動場の方を向いています。

お地蔵様はどのような境遇にある人でも、分け隔てなく救いの手を差し伸べて下さいます。たとえ地獄に堕ちた人でも、お地蔵様の慈悲によって救われると云います。六道輪廻の世界観の中で、これほど庶民に近しい存在は無いのではないでしょうか。同じ菩薩でも、観音様に比べれば地味な感じは拭えませんが、それだけにより質素で素朴な印象に安心感を抱きます。

食パンマンといさがわ幼稚園

アンパンマンだけではありません、食パンマンもいますね(笑)

お寺と幼稚園が違和感なく溶け込みます。

伝香寺の片袖地蔵

本堂向かって右手前に佇むのは、片袖地蔵です。

由留木地蔵に比べればサイズは小さいですが、こんな所にも優しい眼差しが感じられます。

アンパンマンといさがわ幼稚園

いさがわ幼稚園のアンパンマンと、伝香寺境内。

伝香寺は大和地蔵十福霊場会にも名を連ねています。伝香寺の他にも、桜井市の聖林寺や奈良市の十輪院などが巡拝霊場に指定されています。地蔵十福のご利益には、健康で聡明な子供の安産が叶う「女人泰産(にょにんたいさん)」や極楽に行くことを約束して下さる「證大菩提(しょうだいぼだい)」などが挙げられます。

はだか地蔵に見守られながら過ごす園児たちが、少し羨ましくも感じられる今回の参拝でした。

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