福住の十王仏

天理市福住町浄土に十王仏(じゅうおうぶつ)という笠石仏があります。

氷の神様と仰がれる氷室神社のすぐ近くで、七曲り道ハイキングコース上に位置しています。福住エリアには石仏が数多く存在し、歴史の深さをうかがわせます。

福住の十王仏

木の陰に隠れるように佇む十王仏。

なぜか上段真ん中の阿弥陀様の御顔の部分だけ、色が黒くなっていました。これは意図的に?それとも長い年月の間の風化でしょうか。上段三体、中段四体、下段四体の構成です。笠の部分が帽子のツバのようにせり出していますね。

福住の十王仏

氷室神社から別所方面へ向かう道路沿いに建っています。

七曲り道コースの道標裏手に、ひっそりとその姿をとどめていました。

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冥府で亡者を裁く十王の石仏

十王仏とは言うものの、よく見てみると十一体の仏様が彫られています。

なぜ十一体なのに十王仏なのか?

不思議に思ったのですが、どうやら上段真ん中に彫られているのは阿弥陀様で、その阿弥陀様を除いて十体ということになります。

福住の十王仏

十王仏のすぐ横を、車道がカーブを描きながら通ります。

福住のメインストリートへ続く道ですから、そこそこの交通量もあるでしょう。

十王仏の真ん前に立ち塞がる木が、ちょうど良い守衛の役目を担っているのかもしれません。

福住の十王仏

こんな感じで守られています。

正直木が邪魔だなとも思ったのですが、これはこれでいいのかもしれません。

福住の十王仏

十王とは何ぞや?

誰しも疑問に思うことでしょう。

そこで、広辞苑を引いてみました。以下はその抜粋です。

十王経に説く、冥府で亡者を裁くという王。即ち秦広王・初江王・宋帝王・伍官王・閻魔王・変成王・泰山府君・平等王・都市王・五道転輪王の称。中有(ちゅうう)の亡者が冥府に入り、初七日に秦広王の庁に至り、以下順に、二七日・三七日・四七日・五七日・六七日・七七日・百箇日・一周年・三周年に各王の庁を過ぎて娑婆でした罪の裁断を受け、これによって来世の生所が定まるという。

要するに亡者の審判を行う十人の王を意味しています。

閻魔大王も十王の中に含まれます。エンマ様はどれなのかなと探してみたのですが、さすがに見分けがつきませんでした。

福住の十王仏

十王仏に寄ってみます。

行儀よく横一線に並んでいますね。

福住の十王仏

中肉彫りに彫り出されています。

石仏と言えば、お地蔵さんが定番です。十王仏とやらを拝見するのも、おそらく今回が初めてではないでしょうか。

福住の十王仏

上段真ん中の阿弥陀様。

笠の裏側から尊顔にかけて、色が黒くなっています。

浄土の十王仏

笠石との間には小さな石が見られます。

バランスを保つために、体よくかませてあるのでしょうか。

江戸時代中期の石仏とされますが、風雨にも晒されてきたことでしょう。多少の摩耗はあるものの、しっかりと十王を確認することができます。それぞれに笏を手にし、道服を着ているようです。

浄土の十王仏

背丈はそんなにありません。

御前で見下ろす格好になります。

十王仏の笠石

笠の表面にはクレーターのような穴が見られます。

十王仏は花崗岩製です。飛鳥の石造物にも散見される石材ですね。

福住の十王仏

十王仏を横から見ます。

切断の際の跡でしょうか。

浄土のお堂

十王仏の向かって左横にお堂が建ちます。

中が覗けるようになっていて、如意輪観音と弘法大師が祀られていました。

福住の十王仏

道案内のすぐ傍に佇んでいます。

実はこの道標にも、車の侵入を防ぐ役目がありそうですね。

如意輪観音と弘法大師

向かって左側が如意輪観音坐像(1859)、右側が弘法大師坐像です。

十王仏から都祁氷室神社までは徒歩2分ほどです。

氷室神社参拝の折には、必ず訪れておきたい場所です。

福住エリアには十王仏の他にも、七曲り峠手前の「受け取り地蔵」、別所県道脇の「泥かけ地蔵」、国道25線沿いの「尻冷やしさん」などが知られています。極め付けは八岐大蛇を思わせる「八つ岩」でしょうね。いつか訪れてみたいと思わせるパワースポットです。