駅伝の歴史を伝える三条大橋

日本の駅伝の歴史は京都の三条大橋に始まります。

近鉄丹波橋駅から京阪電車に乗り換え、京阪三条駅に降り立ちます。地下改札口から地上へ出ると、目の前に鴨川が流れていて、そこに駅伝の歴史を伝える三条大橋が架かっています。

駅伝の碑

三条大橋の袂にある駅伝の碑。

大正6年(1917)4月27日、この地から二人の選手が東京上野の不忍池を目指してスタートを切りました。襷をかけて走り出したレースは、日本初の駅伝として後世に語り継がれます。

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箱根駅伝の3年前に開催された駅伝

歴史を振り返れば、三条大橋をスタート地点とする駅伝は、ちょうど1920年に産声を上げた箱根駅伝の3年前に行われていることになります。青山学院大学の快走で幕を閉じた今年の箱根駅伝。まだ記憶に新しいところですが、お正月の恒例行事となった箱根駅伝よりも前に、ここ三条大橋で駅伝が開催されていたのです。

日本初の駅伝は読売新聞社の主催で行われ、その正式名称を東海道五十三次駅伝競走と言いました。

三条大橋

鴨川に架かる三条大橋。

京阪電車を降り、河原町通に出るにはこの三条大橋を渡ります。そのためか、観光客の往来の絶えない賑やかな橋となっています。日本初の駅伝が行われた1917年当時も、おそらく橋の上では多くの観衆が見守っていたものと思われます。

日本初の駅伝は3日間、昼夜を問わず走り続けるという過酷なレースでした。

全長514㎞、23区間を3日間に渡って走り続けます。街灯など無い時代のことですから、夜になると選手を取り囲む大集団がカンテラや懐中電灯を持って行く先を照らしました。コース上の木曽川などには橋が架かっていなかったため、選手たちは渡し船を使って川を渡りました。違う意味でスケールの大きい大会だったことがうかがえます。

三条大橋

三条大橋をカップルが渡っています。

駅伝発祥の地は京都の三条大橋である。意外と知られていない史実なのかもしれません。

京都にルーツのある駅伝だけに、様々な駅伝大会がここ京都で行われています。全国高校駅伝に全国都道府県対抗女子駅伝、さらには大文字駅伝、全国車いす駅伝等々が開催されています。

三条大橋と柳の木

三条大橋と柳の木。

三条大橋にはなぜか柳の木がよく似合います。

しな垂れた柳の枝葉を見ていると、なぜか幽霊を想像してしまうのですが、それもそのはず三条大橋の架かる三条河原は昔の処刑場として知られます。

石川五右衛門が釜茹での刑に処されたのも、ここ三条河原でした。京都で権勢を誇った豊臣秀吉も、三条河原で数多くの人を処刑しました。新撰組局長の近藤勇の首も、この場所にさらされています。

歴史の怨霊が感じられる場所ではありますが、大正時代には駅伝発祥の地として賑わい、今では鴨川沿いに寄り添うカップルの人気スポットとなっています。

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