回向院の塩地蔵

願い事が叶えば、塩を供えるという慣わしのある塩地蔵。

回向院の鼠小僧次郎吉の墓の前に、傷みの激しい塩地蔵がお立ちになられています。願い事の前に塩を使うことはあっても、願い事が成就した後に塩をお供えするとは、何とも不思議な習慣ではないでしょうか。

回向院の塩地蔵

回向院の塩地蔵。

お地蔵様の御前には、確かにたくさんの塩が積まれています。塩地蔵の右手奥に見えている墓石が鼠小僧次郎吉のお墓です。回向院には山東京伝の墓もあるらしく、著名人の墓が集まっていることでも知られます。

塩地蔵をよく見てみると、右手に錫杖、左手には宝珠を持っていますね。

腐食が進んでおり、制作年代は不明です。『東都歳時記』」所載の江戸東方四十八ヶ所地蔵尊参りには、その四十二番目として名を連ねているようです。塩地蔵は各地に見られますが、そのほとんどがお地蔵様に塩を擦りつけて祈願するスタイルです。回向院のように、願い事が叶った後に御供えするという慣習は珍しいものと思われます。

回向院の塩地蔵

回向院の歴史は、江戸時代の明暦の大火にさかのぼります。

明暦の大火の犠牲者を回向するためにできたのが回向院なのです。

回向(えこう)とは、死者のために経を読み供養することを意味しています。自分の功徳や善行を他に施して、共に極楽往生を願うことも回向と言いますが、回向院の起源は供養そのものにあると思われます。

供養に端を発する回向院。

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相撲の街で守られてきた塩地蔵

かつて回向院では相撲興行も行われていました。

今も相撲関係者が手を合わせる力塚が境内に祀られています。

回向院から北へ伸びる国技館通りには力士像のモニュメントが建ち、その先には両国国技館があります。無縁仏を供養する回向院に相撲の歴史が重なります。

さらに境内には猫塚もあり、動物にもやさしいお寺であることがうかがえます。境内を徘徊する猫を見ていると、命あるものを分け隔てなく弔ってきた回向院の包容力が感じられます。

回向院の塩地蔵

境内にはたくさんのお墓が建っていました。

塩地蔵の向かって右手に見える白いお墓・・・トンガリ帽子のような形をしていますが、鼠小僧のお墓と書かれていました。御前立ちの削り石のあるお墓がそれだとばかり思っていましたが、この白い三角形のお墓も鼠小僧の墓のようです。まぁその形状から言って、お墓というよりは供養塔といった趣です。

両国の町並み

両国は相撲の街です。

相撲取りは土俵に塩をまくのが慣わしですよね。

勝負前の仕切りの間に、複数回塩をまきます。あまり知られていませんが、まだ出世していない序ノ口の力士などは塩をまきません。幕下以上になって初めて、土俵に塩をまくのだそうです。力士が塩をまく理由は「清め」にあります。相撲は神事ですから、お祓いの意味を込めて塩がまかれているのです。

両国に塩地蔵が祀られているのも、何かのご縁でしょうか。

回向院の自動販売機

回向院の自動販売機。

回向院の紋は葵紋なのかもしれませんね。

自販機にデザインされた回向院の文字を見ていると、回向という言葉の意味が体現されているような気がしてきます。周り回って共に幸せな世界へと導かれていく・・・そんなイメージが湧いてくるのを覚えます。

お礼参りに塩を供える塩地蔵。

地域の人々が幾度となく回向院にお参りし、この塩地蔵に手を合わせている姿が目に浮かんできます。

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