高皇産霊神社参拝

奈良県高市郡高取町観覚寺に、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を御祭神とする神社があります。

古事記の物語が始まる天地創造の場面。そこに天上界の創造神として高御産巣日神(たかみむすひのかみ)が現れます。神様の中の神様であり、神様の世界におけるビッグスリー、あるいは三柱の神様とも称されます。

出現後すぐに宇宙に溶け込み、姿を隠した特別な神様たち。高天原を率いる天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、冥界の創造神である神産巣日神(かむむすひのかみ)と共に目には見えないけれども、大変ありがたい神様として信奉されています。

高皇産霊神社本殿

高皇産霊(たかみむすび)神社の本殿。

鳥居の横に石灯籠が並んでいます。

高皇産霊のムスには「生む」という意味が込められています。「ヒ」は霊力を表します。棺(ひつぎ)の意味を解説する記事でもご案内致しましたが、古来より「ヒ」という音には特別な意味があります。「おむすび」などの言葉にも見られる「結ぶ」という言葉にも、日本人の源流のようなものが感じられます。

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国道169号線をまたぐ高皇産霊神社の参道

高皇産霊神社へ続く参道は、国道169号線を横切って西の丘陵へと続いています。

道路工事の関係上、やむを得ず参道をまたぐ形になったものと思われます。奈良県内には、古来より神社や古墳が多数存在しています。天理市柳本町の大和天神山古墳なども、道路拡張工事により後円部の一部が削られています。

高皇産霊神社の百度石

高皇産霊神社の御百度石。

お百度参りに使われる石ですが、境内に刻まれた字をよく見てみると「百渡石」と書かれていますね。意味合いとしては十分に理解できますが、「渡」という字が使われているのは初めて見ました。

高取れんじの道

高取れんじの道界隈の地図。

青いラインが近鉄吉野線を表しています。壺阪漢方薬局(昔のたたずまいの残る薬屋)や、明治時代に高取城の二の門が移築された子嶋寺が案内されています。近鉄電車の線路と並行するように国道169号線が走っていますが、高皇産霊神社は線路と国道の間に位置しています。

高皇産霊神社の社号標

高取れんじの道沿いに高皇産霊神社の社号標が建ちます。

どうやらこの石畳の道が参道のようです。

高皇産霊神社の鳥居

鳥居が見えてきました。

鳥居の向こう側に車が走っています。国道169号線を北へと向かう車ですね。

高皇産霊神社の参道

国道を横切ってさらに参道を進みます。

途中で振り返り、国道方面を望みます。参道の両脇には石灯籠が建ち並び、民家や田圃の長閑な風景が広がります。

高皇産霊神社の鳥居

石段を登った所に、境内へと続く鳥居が建っていました。

割と小ぢんまりした境内のようです。神社の雰囲気が、どこか明日香村の櫛玉命神社に似ています。立地的にも非常に近い神社ですから、何か見えない糸のようなものを感じます。

高皇産霊神社のある場所は、近鉄飛鳥駅から壺阪山駅へ向かう途中の小さな丘陵に当たります。

高皇産霊神社の本殿背後にある坂ノ山古墳

高皇産霊神社は、坂上田村麻呂の屋敷跡と伝わる「坂ノ山」の南端に鎮座しています。

坂ノ山6号墳と坂ノ山7号墳はそれぞれ円墳で、稲村山古墳やキトラ古墳に近接しています。

坂ノ山古墳からは注目すべき遺物も出土しています。

大小2種類の釵子(さいし)とU字型鍬先や鎌の刃などのミニチュア農具が出土しました。釵子(さいし)とは簪(かんざし)のことですが、大型の釵子は髪結いに使われ、小型の釵子は装飾に用いられたと言われます。渡来系の遺物であり、奈良県において釵子は13個所の古墳で出土しています。

境内の百度石の「渡」という字は、渡来系の「渡」を意識しているのでしょうか?

神武天皇・明治天皇遥拝所

本殿向かって右横に、神武天皇・明治天皇遥拝所がありました。

光が差し込んで、神々しい雰囲気を醸します。

高皇産霊神社管理マニュアル

本殿前の寄合所のような建物に、高皇産霊神社の管理マニュアルが掲げられていました。

神社月当番が実地していただく項目

(1)神社参道、拝殿内外周の玉砂利清洗。拝殿縁側・足柱等の雑巾がけ。
(2)境内の広場、落葉清掃。

地域の人々によって守られている神社であることが分かります。

高皇産霊神社本殿

高皇産霊神社本殿。

高皇産霊神社の住所は、奈良県高市郡高取町観覚寺754です。

観覚寺(かんがくじ)は子嶋寺の旧称でもあり、この辺りの住所にもなっています。坂上田村麻呂と子嶋寺創建者の弟子に当たる人物が、力を合わせて京都の清水寺の元を作ったお話は有名です。この本殿の背後に、征夷大将軍・坂上田村麻呂の屋敷跡があったのかと思うと、感慨深いものがあります。

観覚寺

境内にも「観覚寺」の文字が見えます。

高皇産霊神社の創設については、当観覚寺の川合万次郎宅にその由緒があります。

川合氏先祖堤見氏兄弟が奉斎し、その後村の総鎮守となった事が記されています。また別の記録によれば、その創建年代を貞元(976~978)の頃、小字タビチ山にあったものを、永観元年(983)にこの場所に遷祀した旨を記しています。

子嶋寺

子嶋寺境内の石標。

「子嶋山観覚寺」と刻まれていますね。子嶋寺には坂上田村麻呂の椅像が安置されているのだそうです。

高取町の観光スポット

高取れんじの道の石畳上に、高取町界隈の観光スポットが案内されています。

子嶋寺、砂防公園、高取城跡、壷阪寺、壺阪山駅が、それぞれ方向、距離と共にナビゲートされています。お里と沢市で知られる壷阪寺は眼病にご利益のあるお寺として知られます。巨大な観音像も見所の一つとなっており、高取町観光の目玉として人気を集めています。

高皇産霊神社の例祭は10月9日です。

神様の世界においては、天照大神が最高神とされますが、三柱の神様の一柱である高皇産霊神(タカミムスビノカミ)もそれに匹敵する存在感を解き放ちます。

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