石上神宮の神剣渡御祭(でんでん祭)

全国各地で夏越大祓が執り行われる中、石上神宮の神剣渡御祭(でんでん祭)を見学して参りました。

今年は雨天のため、お渡りは行われなかったようです。例年は神田(こうだ)神社で催される御田植神事も拝殿の中で催行されました。午後5時からの茅の輪くぐり神事だけは、大雨でも屋外決行とのことです。

石上神宮のでんでん祭

末社神田神社例祭の御田植神事が拝殿の中で行われています。

神剣渡御祭本宮祭は既に午後1時より始まっているようです。今回私が石上神宮に到着したのは、午後2時前でした。大和神社の茅の輪を見学した後、その足で石上神宮へと向かいます。石上神宮の駐車場は三箇所ありますが、どこもほぼ満車の状況でした。雨天とはいえ、でんでん祭の人気ぶりを目の当たりにします。

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五穀豊穣と邪神退散を祈る神剣のお渡り

石上神宮には神剣が祀られています。

川の上流から神剣が流れて来て、それを布で留めたから「布留の社」と伝わる神話由来の古社・・・2年前にも神剣渡御祭を見に来ましたが、その年は晴天で神剣のお渡りを見学することができました。

今年は残念ながら拍子抜けな感も否めませんが、その分太鼓や旗、唐櫃などを間近に見ることができました。拝殿に昇殿させて頂き、御田植神事の様子をライブで体験することもできました。拝殿で執り行われる神剣渡御祭もたまにはいいものですね。

石上神宮の茅の輪くぐり

社務所前に準備された茅の輪。

夏越の大祓式は午後5時からということで、昼過ぎの茅の輪にはバッテンがしてありました。やはりくぐり初めは神剣(七支刀の複製)のお役目なのでしょうか。先ほど訪れた大和神社の茅の輪くぐりも午後5時からでした。大和神社では祭典終了後から7月3日までは自由に茅の輪くぐりを体験することができるようです。

石上神宮のでんでん祭

楼門の下に吊るされる御神劔守(ごしんけんまもり)

数ある石上神宮のお守りの中でも、一番人気のお守りがこの御神剣守だと思われます。

”御神剣のお出ましは本日限り” と案内されています。お渡りの際に、宮司が高々と掲げる神剣を拝見したことがありますが、やはりこの上なく神々しかったのを思い出します。

石上神宮の拝殿

拝殿前には既に参拝客が集まっていました。

石上神宮の祭典の際には、もうお馴染みの光景ですね。

でんでん祭のスケジュール

”雨天時は本社拝殿にて居祭” と案内されています。

参集殿前にでんでん祭のタイムスケジュールが出ており、「午後1時半出御」と記されます。出御(しゅつぎょ)とは本来、天皇・三后がお出ましになることを意味しますが、この場合はご神剣のお出ましを指しているものと思われます。お守り授与所の巫女さんにお伺いしたのですが、どうやら今年はメインイベントのお渡りが行われなかったようです。

でんでん祭の唐櫃

楼門入って右手に、太鼓や唐櫃が置かれていました。

おそらく神剣渡御祭の時に使われるものだと思います。

この太鼓を「デンデン」と打ち鳴らしながら歩くことから、でんでん祭と言われるようになったそうです。

先ほどの神剣渡御祭の式次第をここに抜粋しておきます。

午後2時  末社神田神社例祭 並 御田植神事

午後3時半 還御祭

午後5時  夏越の大祓式 並 茅の輪くぐり神事

祭典後直会 於 参集殿

いつものことなのですが、仕事の関係で長居するわけにもいかず、今年も還御祭以降の時間帯は三輪に居ました。旅館を経営していると、夕方以降のイベントに顔を出すのは至難の業ですね(笑)

でんでん祭の旗

おっ、こちらは神剣渡御祭で目にする旗ではないでしょうか。

お渡り行列には順番があって、先祓いを先頭に、でんでん太鼓、神職、青旗(剣先付)、白旗(剣先付)、早苗籠、早乙女3名、作男、怜人、唐櫃、御神剣、斎主、神職、紅旗(剣先付)、黄旗(剣先付)と続きます。

それぞれの剣先の下には、色鮮やかな花があしらわれています。

でんでん祭の太鼓

今年はこの太鼓も鳴らされなかったのでしょうか?

でんでん祭は五穀豊穣を祈願する祭事ですが、その歴史を辿れば虫送りの風習ともつながっているようです。天理市山田町の虫送りはよく知られるところですよね。松明の炎を田圃にかざして練り歩き、稲に付く害虫を燻し出す虫送り。鉦(かね)や太鼓が先導する中、松明の炎が水田に火の粉を散らします。確かにでんでん祭のお渡りには、虫送りの風習と重なる部分があるような気が致します。

でんでん祭の旗

四色の旗にも何か意味があるんでしょうね。

こんな間近に神剣渡御祭の御物が見られるとは、思ってもみませんでした。雨の賜物といったところでしょうか。

国宝拝殿から運び出される撤饌と御田植神事

石上神宮の拝殿前に到着すると、間もなく御田植神事が執り行われるタイミングでした。

本来は末社・神田神社で行われる祭事なのですが、今年は雨天のため拝殿内にて奉斎されました。

石上神宮の神剣渡御祭

拝殿向かって左側には、ご神職の方々の出入りが見られます。

拝殿内からマイクを持った神職の声が聞こえてきます。

「どうぞお上がり下さい、お写真をお撮り頂いても結構ですので」。

拝殿下で祭事を見守っていた参拝客が一斉に拝殿へと上がります。拝殿内での御田植神事は写真撮影OKでしたが、あくまでも拝殿の外陣からのみとのことでした。外陣から中を覗き込んでもイマイチよく見えなかったので、写真撮影はあきらめて国宝の拝殿内へと足を踏み入れます。石上神宮の拝殿に昇殿させて頂いたのは今回が初めてです。結婚式の執り行われる場所でもあり、とても神聖な場所です。思わず背筋がピンと伸びていました(笑)

石上神宮の神剣渡御祭

拝殿の外陣で笙(しょう)を構える奏者。

雅楽の音色はいつ聴いてもいいものですね。

石上神宮の聖域

拝殿前のすごい靴の数!

それにしても、この小石の集まりは何なんでしょうか。一対を成すように反対側にも見られました。パワースポット石上神宮の聖域の一つなのかもしれませんね。

石上神宮の御田植神事

外陣から拝殿内を覗き込みます。

滑稽な所作を交えた御田植神事が行われているのですが、数本の柱に邪魔されてよく見えません。ここでカメラは断念して、拝殿の中へと入らせて頂きました。

湿気の多い梅雨時とあって、扇風機を回しながらの神事が進行していきます。

鍬入れ、田起こし、畔塗り、灰撒き、土均しなどの田植え所作が披露されます。言うことを聞かない牛とのやり取りが参拝客の笑いを誘っていました。例年神田の早苗は持ち帰ることができるのですが、今年はどうだったんでしょうね。途中で退席したので、残念ながらそのあたりの事情はよく分かりません。

神剣渡御祭の神撰

本宮祭で供えられていた神饌でしょうか。

白装束のご神職が運び出しておられました。

神剣渡御祭の撤饌

撤饌が並んでいます。

詳しくは存じ上げませんが、色々な種類の神饌があるんでしょうね。

神剣渡御祭の撤饌

卵が山盛りです。

石上神宮には神鶏が居ますが、その鶏にちなんだ神饌なのかもしれません。茹で卵なのか生卵なのか、どうでもいいことが気になります(笑)

神剣渡御祭の撤饌

尾頭付きの鯛ですね。

神饌の食材としては、もうすっかりお馴染みの鯛です。

祭事の流れでは、茅の輪神事の後に参集殿に於いて直会が行われる予定です。神剣渡御祭の大切なお役目を終えた鯛ですが、おそらくこのまま参集殿に運ばれるのではないでしょうか。そして、参列者の胃袋に収まってお役御免となります。

神剣渡御祭の茅

神事に使われるもののようです。

清浄なものですので、決して触らないようにご注意下さい。

神剣渡御祭の茅の輪

只今、参集殿は工事中のようです。

夏越の大祓式を待ち侘びる茅の輪・・・今の時間帯は参拝者のくぐり抜けが禁止さていますが、さすがに鶏たちにとっては関係が無いようです。何か新しい遊具でも出来たのかな、という感じで平気で素通りしていました(笑)

石上神宮の神剣守り

国宝の七支刀がデザインされていますね。

今は国宝に指定されたこともあり、本物の七支刀が神剣渡御祭に登場することはありません。明治期までは正真正銘、本物の七支刀がお渡りしていたと言います。馬上で七支刀を振り回しながら渡御する光景は、邪神を寄せ付けない「気」に満ちていたものと思われます。

石上神宮の神剣守り

茅の輪の ”くぐり初め” はご神剣様です。

そんなメッセージが込められているようですね。

石上神宮の神剣渡御祭

なぜ石上神宮の神剣にはパワーが秘められているのか?

石上神宮は神剣が遷座したと伝わる「布留の高庭」に鎮まる神社です。

崇神天皇の御代に宮中に祀られていたという、平国之剣(くにむけしのつるぎ)を移した場所こそが石上神宮だったのです。

「平国之剣」とは神武東征の危機に際し、武甕雷神が差し向けた剣です。

さらにその神話の場面に登場しているのが、何を隠そう神田神社にも祀られる高倉下(たかくらじ)だったというではありませんか。

神武天皇の御一行が熊野から大和入りを目指した際、あろうことか神の毒気にあたり、皆体が萎えてしまったと言います。そこに現れたのが高倉下でした。高倉下の夢枕にアマテラスと武甕雷神が立ち、アマテラスは下界の様子を心配しました。そこで武甕雷神の所持する霊剣・韴霊(ふつのみたま)を高倉下に下賜したと伝えられます。

石上神宮の主祭神である布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)に通じる剣ですね。

石上神宮の茅の輪

夢から覚めた高倉下は、蔵の床に突き刺さった御神剣の韴霊(フツノミタマ)を目にします。

その剣を携えて神武天皇の元を訪ねると、皆精気を取り戻したと伝えられます。

石上神宮の茅の輪

まさしく再生のパワーを秘めた剣だったのです。

石上神宮の神剣のお守りは、「起死回生のお守り」と言われています。窮地に立たされた時にこそ、その本領を発揮するお守りなのかもしれません。

田植えシーズンが到来すれば、毎年新たに田を均して稲作に従事します。

古来続く日本人の営みにも再生の願いが込められているような気が致します。おんだ祭が行われる神田神社に、蘇生の手渡しをした高倉下が祀られているのも偶然ではないような気がします。

毎年恒例のお渡り行列を期待する参拝客も多かったことでしょう。来年はまた、周辺に太鼓の音が響き渡る神剣渡御祭が営まれることを祈念してやみません。

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