徒然草第52段の逸話@高良神社

石清水八幡宮の摂社高良神社。

土着の産土神として崇敬を集める高良社は、頓宮殿南門のすぐ横に鎮座しています。地元の人にとっては、男山山頂の石清水八幡宮よりも麓の高良神社の方が親しみが感じられるのかもしれません。

石清水八幡宮の高良神社

高良神社の社殿。

やわた走井餅老舗で名物グルメを堪能した後、鳩の扁額で知られる一の鳥居をくぐって境内へ入ります。右手に放生池、左手に筒井を見ながら木造檜皮葺の四脚門を抜け、頓宮殿の聖域へと入って行きます。頓宮殿の真正面から写真撮影を済ませ、振り返って朱色の映える南門へと足を向けます。

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御神木のタブの木に守られる高良社

頓宮殿の南門を抜けると、すぐ右手に高良神社が見えて参ります。

高良神社の社名ですが、元は「河原社」と称していたようです。時代を経て河原社の「カワラ」が転訛して、「コウラ」と呼ばれるようになり、今の「高良」の字を当てるようになったと伝えられます。

頓宮殿南門

頓宮殿の南門。

まだこの辺りは、石清水八幡宮参拝における序章に過ぎません。さらにこの先には、石清水八幡宮の広大な神域が広がっています。

高良神社鳥居

高良神社の鳥居。

兼好法師が著した徒然草に、笑い話のような逸話が残されています。

ある日、仁和寺の和尚が石清水八幡宮参詣のためにこの地を訪れました。極楽寺、高良神社の参詣を済ませた和尚は、そそくさと帰り支度を始めます。その時、参詣客と思しき人たちが男山山頂を目指して階段を登って行く姿が見えました。何だろうと不思議に思った和尚でしたが、今回の旅の目的である石清水八幡宮参詣を済ませたのだからと、そのまま帰ってしまいました。後になって石清水八幡宮が山頂にあることを知り、どんな些細な事でも案内人は必要だと痛感するお話です。

高良神社

今では京阪八幡市駅を降りれば、石清水八幡宮を中心とする男山エリアの描かれた地図を手にすることができます。

初めてこの地を訪れた人でも、ほぼ迷うことなく男山山頂の石清水八幡宮に詣でることができます。おそらく当時は便利なマップも無かったものと思われます。とんだ和尚の勘違いではありますが、それだけ高良社の境内には石清水八幡宮に勝るとも劣らない空気が流れていたのかもしれません。

高良神社舞殿

石段の上に舞殿らしき建物が見えます。

高良神社の年中行事としては、毎年7月に催される太鼓まつりが知られています。

7月17日の宵宮、7月18日の本宮、7月18日の19時頃宮入りと進んでいく祭事では、提灯献灯が参道に並べられ、賑やかな屋形神輿が担がれます。

高良神社の御神木

石段を上がった左手に御神木がありました。

クスノキ科のタブの木は照葉樹林の代表的樹種の一つとされ、全国各地の神社の「鎮守の森」によく見られます。

高良神社御神木のタブの木

樹齢700年と案内されています。

注連縄が張られ、その幹が末広がりに伸びている様子がうかがえます。

高良社の案内板

高良社の案内板。

高良神社の社殿は、鳥羽伏見の戦の兵火によって灰燼に帰しています。現在の社殿は大正4年に再築されたものです。頓宮横にひっそりと鎮まる社殿を見ていると、ここが石清水八幡宮の歴史そのものなんだなという気がして参ります。

高良神社本殿

こちらが本殿でしょうか。

徒然草のエピソードに彩られる高良神社。

私がもし男山山麓に居住しているなら、毎回山頂まで足を運ぶことはないだろうと思います。仁和寺の和尚のように、山麓の高良神社へお参りして、そのご利益の代わりとするのではないでしょうか(笑)

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