祇園祭の橋弁慶山

祇園祭後祭のくじ取らずで知られる橋弁慶山。

7月24日の後祭巡行の際、先頭を行く山鉾として人気を誇ります。

橋弁慶山の五条大橋

橋弁慶山の会所に足を運んでみると、金色の擬宝珠をあしらった五条大橋や絢爛豪華な懸装品が飾られていました。

五条大橋の左手前には、巡行時の写真パネルも置かれていました。残念ながら山鉾巡行当日に京都へ出向くことが出来ないため、本番当日の様子が分かる写真はありがたいですね。

橋弁慶山の場所は蛸薬師通室町東入

会所巡りで訪れた今回の祇園祭。

橋弁慶山の住所は、蛸薬師通室町東入ル橋弁慶町になっています。

南北に通る室町通を北へ取り、蛸薬師通に出た所で東に入ります。そうすると、すぐ左手に橋弁慶山の会所が見えて参りました。

祇園祭の橋弁慶山

蛸薬師通に建つ橋弁慶山。

ビルの狭間に姿を現した橋弁慶山の横を通行人が通り過ぎて行きます。

祇園祭の橋弁慶山

会所の二階に目をやると、弁慶と牛若丸らしき御神体が見えました。

橋弁慶山は謡曲「橋弁慶」を題材にした山です。

力持ちの弁慶と、身軽な身のこなしで知られる牛若丸。一年ちょっと前に、吉野の吉水神社で二人の足跡を見てきたことを思い出します。対照的な弁慶と牛若丸は、芸能の分野でも事あるごとに取り上げられる逸材です。プロ野球阪神タイガースの名ショートで鳴らし、初の日本一に輝いた時の監督だった吉田義男氏の渾名は「牛若丸」でしたよね(笑)

祇園祭の橋弁慶山

蛸薬師通から橋弁慶山の会所を見ます。

ビルの谷間の木造二階建てというだけでも少し違和感を覚えるのですが、さすがにここは京都といった趣です。

橋弁慶山の埒

埒(らち)に囲われた橋弁慶山。

巡行前の山鉾の周囲に立てかけられる格子状の囲いを埒(らち)と言います。

実はこの「埒」が、「埒が明かない」という諺の語源になっているという説もあります。

7月24日に後祭巡行があるわけですが、いざ巡行!という時に手早く撤去出来るように、敢えて厳重に固定しないのが習わしだと言います。

ところが、とある鉾の埒を組んでいた頓馬な大工が、釘を使ってガチガチに固定してしまったそうです。スムーズに埒を明ける事が出来ずに手こずった事が発端となり、事態が進展しないことを「埒が明かない」と言うようになったということです。面白いエピソードですね、歴史ある京都ならではの奥深さを感じます。

五条大橋で戦う弁慶と牛若丸

謡曲「橋弁慶」をテーマに、弁慶と牛若丸が五条大橋で戦う姿を表す橋弁慶山。

人形には永禄6年の古い銘があり、大変貴重なものとされます。

橋弁慶山の写真

巡行の際の橋弁慶山の写真が掲げられていました。

山から飛び出るように、高さの表現された牛若丸が印象的です。

橋弁慶山の懸装品

会所に飾られる橋弁慶山の懸装品。

前懸は中国清頃の雲龍波濤文様の綴錦だったそうですが、昭和58年から新たに富岡鉄斎原画の椿石図綴錦が用いられています。胴懸は円山応挙下絵と伝わる加茂祭礼行列図綴錦で、近年復元新調されています。

祇園祭の橋弁慶山

黒漆塗りの橋ですね。

ラグジュアリーな雰囲気が醸されます。

橋弁慶山の駒札

橋弁慶山の駒札。

駒札の上部に電球がぶら下がっていますね。夜でも説明書きが読めるように配慮されているようです。

橋弁慶山の提灯

橋弁慶山の提灯。

白い提灯には三つ巴紋と、胡瓜の切り口に似ているという八坂神社の神紋が見られます。

橋弁慶山の案内板

会所の前にも、京都市による案内板がありました。

橋弁慶山のご利益は「心体健康」とされます。

お守りとしては弁慶の力縄に人気が集まります。弁慶の両手足の縄は「力縄」と呼ばれており、毎年祇園祭の際に縄が綯われ、巻き付けられています。力縄には、弁慶の勇敢な姿にあやかり心身ともに壮健でありますようにという願いが込められています。

奈良の吉水神社には弁慶の力釘が伝わります。源義経を追手から守ろうとした弁慶が、その親指で2本の釘を石にぶち込んだと言い伝えられます。弁慶の怪力にあやかろうとするお守りやパワースポットを見るにつけ、伝説に彩られた弁慶の偉大さを改めて感じます。

橋弁慶山の五条大橋

黒光りする五条大橋。

高級感たっぷりですね。

橋弁慶山では、弁慶と牛若丸の描かれた扇子や手ぬぐい、さらには災難除けに玄関に飾るちまきなども授与されます。祇園祭後祭を控え、橋弁慶山の会所をレポート致しました。

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