会釈とは

京都のおたべ

会釈とは?
会釈の意味を解説致します。

会釈という言葉も、意外ではありますが”仏教”に由来します。

写真は京都のおたべ人形。
会釈しているというよりは、お辞儀の方が適当な表現かもしれませんがお許し下さい(笑)
「会釈」を辞書で調べてみると、簡潔にその意味が掲載されていました。

和会(わえ)通釈の義。
前後相違してみえる内容を、互いに照合し、意義の通じるようにすることから、前後の事情をのみこんで理会すること。合点すること。

要するに、哲学で言うアウフヘーベン(止揚)に似ていますね。
互いに矛盾点はあるけれども、その背後にある共通点を見出す。
アウフヘーベンは矛盾するもの同士の中から、さらに一段上の概念を作り上げますが、会釈はちょっと違いますね。

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会釈に隠された深い真理

相反する二つのものの背後に通じる概念を見出す。新たに作り上げるのではなく、ありのままの姿の中に真理を見出す・・・そんな感じでしょうか。
いかにも仏教らしいですよね。
ある一つの物事を取ってみても、その考え方は人によって様々です。人の数だけ解釈に違いがあると言っても過言ではありません。
あの人はあぁ言っているけれども、この人はこう言っている・・・。

一体真理はどこにあるんだ?
でも、心配することはありません。
一見矛盾しているように見える事柄も、その底流には相通じる何かの真理があるはずです。
それを見出して合点する。それが会釈なわけですね。

お釈迦様の説法には、相手の素質に応じた法を説く対機説法や、相手の病に適した薬を与える応病与薬があります。

叱ってダメになる人もいれば、叱って伸びる人もいるわけですよね。
万人に対して同じ説法をしていては、なかなか効果も上がらなかったのではないでしょうか。

表面的には違う説法に見えても、その根っこには矛盾することのない真実の意味が隠されていました。その真理を明らかにすることを会通(えつう)とか会釈と表現していました。

日常何気なく行っている会釈にも、実はこんな深い意味があったんですね。

ちなみに「釈」という漢字は、釈迦の弟子であることを表すために、僧侶が姓として用いる語です。
浄土真宗では、死者の法名の上に付ける語にもなっています。

芸能界には「釈由美子」さんがいらっしゃいますが、仏の世界と何か関係があるんでしょうか?

いずれにせよ「釈」という字には、解釈、注釈などの言葉からも類推できますが、納得する、分かる、悟る・・・といったニュアンスが伝わって参ります。

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