奈良市古市町の油掛地蔵

奈良市古市町に子授け地蔵が祀られています。

実のこのお地蔵様、長い年月にわたって油を掛けられてきたために黒光りしています。油の層を全身にまとい、一種独特な雰囲気を醸していました。

古市町の油掛地蔵

奈良市古市町の油掛地蔵尊。

古市町地蔵講が管理なさっているようで、私がお参りする直前に火守りのおばさんが火を灯しておられました。

それにしても、なぜ油を掛けてお参りするのでしょうか。

大阪難波の法善寺横丁には、苔生した水掛不動尊が祀られています。参拝者がお詣りの度に水を掛けることから、青々とした苔に包まれています。水掛不動も油掛地蔵も、基本的には同じ思いから発しているのではないでしょうか。

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境界線で見守り続ける鼻欠け地蔵

そもそもお地蔵さんとは、地獄に堕ちた者にも手を差し伸べて下さる有難いお方です。

六道輪廻の世界観にあって、これほど衆生に近しい存在はありません。現代社会においても、町の辻々にお地蔵さんを見かけます。標高の高い峠でもよく見かけます。地蔵菩薩は地理的な境界線上に祀られることが多いと言いますが、確かにそうだなと思います。ポイントポイントで私たちを見守り続けるお地蔵様・・・。

古市町の地蔵堂

油掛地蔵が安置される地蔵堂。

江戸時代建立の地蔵堂内に、室町時代の油掛地蔵尊が祀られています。

古市町の油掛地蔵解説パネル

地蔵堂の向かって左手に、油掛地蔵の解説パネルがありました。

室町時代の作とされる、この油掛地蔵は、いわゆる御霊街道を奈良から岩井川を渡って古市に入ったところにありますが、これはちょうど「奈良」と「田舎」の境にあたります。

地理的境は、同時に精神的境となり得ますが、現実界と冥界の境に立って冥界へいくものを救うというお地蔵さんと境界の習俗が強調されるのは中世のことだといわれています。

古市の人びとの地蔵信仰は『一日は地蔵さん参りから始まる』というくらい篤いものがあります。

人びとは、厳しい差別に耐えながら自分の思いや願いを600年近くにわたってお地蔵さんに託して生きてきたのです。

解説にもある通り、やはりここ古市町もひとつの境界線になっていたのですね。地蔵菩薩の意味を考えるとき、その立地にも確たる謂われがあるはずです。

私がお参りしているわずかな間にも、数人の参詣者とすれ違いました。次から次へとお参りする人が後を絶たない人気のお地蔵さんのようです。

油掛地蔵のアクセスルート

油掛地蔵へのアクセスルートです。

国道24号線から東へ入り、緩やかな坂道を上がって行くと、このような場所に行き当たります。

奈良の中心観光エリアの南に広がる住宅街です。二股に分かれるY字路ですが、左右のどちらでも油掛地蔵に通じています。ちなみに私は左側の道を選びました。道なりに進んで行き、緩やかに右に曲がると油掛地蔵に辿り着きました。

奈良市古市町の油掛地蔵

瑞垣に囲まれた小さな境内。

アーチ状の入口から中へと足を踏み入れます。

古市町の油掛地蔵

右手に持つのは錫杖でしょうか。

円光背を背負い、穏やかな表情で前方を見つめます。

堂内の壁も黒一色ですね。

古市町の油掛地蔵

ロウソクに火がともされ、新しい花が供えられていました。

600年もの長きにわたって、人々の願いを聞き届けてきたお地蔵様です。さすがに歴史の重みが違います。

油掛地蔵案内板

地蔵講による油掛地蔵の由来も案内されていました。

油かけ地蔵さんは、子授け地蔵として古くからお参りが多い。

お年寄りの話では、昔大雨が降り続き岩井川が増水した時、川上から浮き沈みしながら流れてきた。みつけた人が引き上げようとしたが、信心が浅かったので上がらなかった。ところが信心深い老人が、何の苦もなく引き上げた。その夜、地蔵さんが夢枕に立って「私は、子供を授ける地蔵だ。毎日種油をかけてお参りすれば、必ず子供を授ける」とお告げになった。老人はお告げのとおり、毎日種油をかけておがんでいると、可愛い子供が生まれた。その話が伝わり、遠くから子供の欲しい人たちがお参りに来るようになったという。

また、このお地蔵さんは、鼻かけ地蔵とも呼ばれている。

むかし藤堂氏の城下で相撲があったとき、奈良の力士が「ぜひ勝たせてください」と、祈ったが負けてしまった。力士は怒って、地蔵さんを石でなぐりつけたので、鼻がかけた。ところが、力士も帰り道で倒れ、鼻を打って死んだという。 古市町地蔵講

油掛地蔵の別称である「鼻欠け地蔵」の由来も解説されていました。

顔の中心にある鼻が欠けているようです。これは何とも痛々しいですよね。

古市町の油掛地蔵

確かに鼻が欠けています。

これだけ地域の人々に愛される理由の一つになっているのかもしれませんね。つい、同情心が芽生えてしまいます。

言わずと知れたことですが、顔の中心を成す鼻は最も大切な部分ではないでしょうか。日本語はひらがなで読めば分かると万葉学者の中西進氏もおっしゃっていますが、鼻(はな)は花(はな)であり、華(はな)、端(はな)でもあるのです。物事の一番初め・初っ端(しょっぱな)であり、華やかな部分だと思われます。その鼻が無い・・・どこか寂しげで、人々の心を惹き付けます。

油掛地蔵の香炉台

油掛地蔵尊前の香炉台。

奈良県内では古市町の他にも、磯城郡川西町吐田に油掛地蔵が祀られています。

その昔、吐田エリアは水害に悩まされていたことから、油を掛けて水をはじくようにとの願いが込められていたそうです。油掛地蔵にもそれぞれの謂れがあるようですね。

古市町の油掛地蔵尊

その目は微笑んでいるようにも見えます。

ひしゃげた鼻がかえって、見る者の印象を強くします。

油掛地蔵の近くの道路の真ん中には恵比須様も祀られていました。どうやらこの付近一帯は、祈りの場所として守られているようです。

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